東京の中小企業には、 世界に誇れるポテンシャルがあります!【セミナーレポート】

BSIグループジャパン株式会社
事業開発部部長
吉田 太地(よしだ たいち)氏

事業成長のカギを握る脱炭素化へ向けた社内体制作り

2023/11/16

英国発祥、世界初の国家規格協会であるBSI(British Standards Institution)。その日本法人で、国際規格を用いたさまざまなソリューション開発に携わっているのが吉田太地さんです。吉田さんによると、脱炭素経営を目指す際に重要となるのが「社内体制作り」。・・・


英国発祥、世界初の国家規格協会であるBSI(British Standards Institution)。その日本法人で、国際規格を用いたさまざまなソリューション開発に携わっているのが吉田太地さんです。吉田さんによると、脱炭素経営を目指す際に重要となるのが「社内体制作り」。本セミナーでは、効率的な目標や方針の策定、計画を実行する社内体制構築のヒントを語ってくださいました。

 

Q1. まずは、吉田さんが所属されるBSIグループジャパンについて教えていただけますか?また、その一員として吉田さんがどのような業務に携わっているのかも併せてご教示ください。

BSIグループジャパンは、1901年に設立された英国規格協会の日本法人です。現在では180ヵ国以上で規格策定、製品やマネジメントシステムなどの審査・認証、研修やトレーニングを行っています。

そもそも、世界最古の認証会社といわれるこの会社が生まれたのは約120年前に遡ります。当時は第2次産業革命のさなかでした。ある時、ロンドン市内に地下鉄の鉄道網を整備するという話が持ち上がったのですが、それが容易には進みませんでした。イギリスには複数の鉄道会社があり、各社ともレールの幅が異なるため相互乗り入れができなかったのです。これではダメだ、規格化・標準化が必要だということになり、BSIの主導でそれまでおよそ75種もあったレール幅の規格を統一し、5つにまで減らしたのです。

鉄道だけではありません。重工業、通信、エネルギーと、グローバルビジネスを進めるためには、さまざまな分野で規格化が必要だということに彼らは気づいたんですね。そこで、イギリス王室からの勅令、いわゆるロイヤルチャーター(公益性の高い企業や組織、団体に法人格を付与し、権威を与えること)を有し、規格の策定と認証を行う企業として発展してきました。BSIグループでは、世界のISO規格※1の約8割に携わっていますが、認証のスキームを作り、人材育成のための研修を行ったり、その認証取得に積極的なパートナー企業を見つけたりと、業務は多岐にわたります。とりわけ私たち日本法人は、日本発の新規格を作り、世界に向けて発信したいと考えているんです。欧州で開発された新たな規格をいち早く日本で運用してみることもありますが、それも日本経済をより良くしていくために活用したいという思いで取り組んでいます。

※1 ISO規格は、国際標準化機構(ISO)が認証する国際規格です。あらゆるサービスや製品、企業のマネジメントシステムに関して国際的な基準を定めています。 https://www.bsigroup.com/ja-JP/Standard/


Q2. 日本企業の経営手法が国際的に標準化される例もあるのでしょうか?


日本には、優れたマネジメントシステムがたくさんあります。大手自動車メーカーの生産方式や大手電子部品・電気機器メーカーの名誉会長が提唱した経営管理手法など、世界に誇れる経営手法が数多く生み出されてきました。例えば、日本最大手運輸会社の保冷輸送サービスがありますが、あれほどまでに温度管理を徹底し、食品の鮮度を保ったままお客様のもとへ届けるロジスティックスは、世界中を見渡しても他にありません。彼らと共同しBSIグループジャパンがこの保冷輸送サービスに関する規格を策定したのですが、この規格は、FSSCという食品安全マネジメントシステムに関する国際規格でも参照されており、いまや海外の物流会社にも大きな影響を与えています。

私たちが手掛けているISO規格も、最初から規格があったわけではありません。先人たちのさまざまな試行錯誤や創意工夫があってできあがっていったものです。改善に次ぐ改善を繰り返し、実直に、誠実に、仕事を進化させていく。これは、脱炭素経営や環境マネジメントシステムにおいても同じことで、日本企業は本質的な部分で得意としているものです。今回のセミナーも、実はISO14001※2をベースにお話をさせていただきました。環境経営のフレームワークは、ISOという冠がなくても説明が可能で十分実行に移せるんです。日本は高い経済水準と几帳面な国民性もあって、脱炭素のリーディングカントリーになれるポテンシャルを持っています。

※2 ISO14001は、環境マネジメントシステムに関する国際規格です。近年、環境リスクへの対応が経営上の最重要課題として求められている中、ISO14001を取得することで環境に配慮した企業・組織であることが国際的に認められます。 https://www.bsigroup.com/ja-JP/ISO14001/
東京都環境局「東京都環境マネジメントシステム要綱等」 https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/policy_others/iso14001/iso14001.html


Q3. 脱炭素経営にご興味を持たれた中小企業の皆様は、その多くが「コストの削減」を入口にHTTに取り組もうとされています。その点について、吉田さんはどのようにお考えでしょうか?


省エネには、よりよい地球環境の実現が大義名分であると同時に、企業として経費削減を目指す目的もあります。たとえ1本でも不必要なボールペンの購入をやめれば、Scope3のカテゴリー1(購入した製品やサービスが製造されるまでの活動において排出されるCO2排出量)が、ボールペン1本分削減できます。つまり通常の財務管理と同じことなんです。

そして、電気使用量をカットし、経費削減で得られた利益は、何らかのモノやコトに再投資することになります。では、何に再投資すべきか? 私は、人材を育成し、環境を整え、事業基盤を作っていくことに注ぐべきだと考えます。外部不経済を利益に変え、社会の問題をビジネスチャンスに転じるという考え方もあるでしょう。今までなかなか着手できなかったことに取り組むことで、カーボンニュートラルと企業成長の両立が描けるようになってきます。

Q4. 環境対策への取組が、やがては自社の成長に繋がるということでしょうか?


身近なところで申し上げると、皆さんが使われている、日本で多くのシェアを占めるスマートフォンを例にとればわかりやすいかもしれません。実はこれ、リサイクルの塊のようなものなんです。某社は、2030年までにグローバルサプライチェーンのカーボンニュートラル達成を目指す中で、各部品の脱プラスチック化をとことん追求し、サステナビリティに取り組む姿勢を世にアピールしています。既存の素材をどの段階で、どのようなサステナブル素材に置き換え、自分たちが何年かけて目標に近づいてきたか、今後何年かけて目標を達成するかを、さまざまなデータとともに詳らかにしているのです。投資判断におけるESG経営(環境、社会、企業統治に配慮し、企業が長期的に成長するために欠かせない考え方)の重要性が高まりを見せていますが、こうした情報開示は企業の信頼度を格段にアップさせます。

また、私は米国オレゴン州に本社を置く大手スポーツメーカーのスニーカーを愛用しているのですが、その他あらゆる製品もそのほとんどに再生素材が使われています。彼らにとって持続可能な社会の実現は、嫌々行うものではなく、もはや積極的に取り組むブランディングなのです。その分、過去のモデルに比べると少々高額になっているものの、消費者や投資家からの評価は上々です。環境問題の解決を自社の成長に活用し、上手に付き合っていくことが大切だということですね。こういった事例を参考にしながら、先を見据えて再投資することが自社の新たな付加価値を生み出し、日本が世界に誇るモノづくりの分野を活性化していくことにも繋がると思っています。

Q5. 実際に脱炭素化を目指すにあたって、本セミナーでも「社内体制作り」の重要性を説かれていらっしゃいました。具体的にはどのようなポイントが挙げられるでしょうか?


前述したように、人を教育し、組織の中にできるだけ多くの「わかる人」を作っていくことが、成功のキーになります。たった一人の担当者に任せてしまわず、複数で取り組むのが望ましい。情報セキュリティ研修やコンプライアンス研修と同じように、みんなで勉強し、ともに理解を深めていくことがポイントです。具体的には、チームに、経理、人事、総務、購買、製造といった各部署のスタッフを置き、社内調整を図ります。企業外活動における適切な経費削減を進める意味から、営業部のスタッフも加えるとよいでしょう。

最初は「こまめな消灯を心がけましょう」や「冷暖房の設定温度を守りましょう」といった、地に足の着いた計画からで構いません。あくまでも無駄なコストを削減するということが入口でいいと思います。次に、関連情報を簡単に管理できるようにすることも大切です。仕組みが複雑になっていると組織として知見が蓄積されず、柔軟な見直しや改善が望めません。例えば、GHG排出量の可視化におけるデータ収集や管理、共有を、専用のソフトウェアに委ねるのも有効です。脱炭素経営は、企業のイメージアップや社会の一員として責任ある活動をしていこうというCSR、SDGsと目的が異なり、財務のスリム化という形で事業に直結します。あくまでも企業成長を旨としているので、一定のコストをかけてソフトウェアを導入する意味が出てきます。近年はデジタル補助金が適用されるものもあるので、そうした制度を活用しながら社内のDX化を進めていくとよいでしょう。

そして最も重要なのが、経営者の皆様にも参加していただきたいということです。中小企業の経営にあたるのは、創業者もしくは創業一族の方々が多いと思います。経験上、創業社長は意思決定(速度)が速く、やると決めた時のコミット力や求心力、影響力(強さ)があります。速度と強さが噛み合った企業ほど物事はうまく進みます。これは中小企業ならではといえる強みであり、計画を前進させる過程で大きなアドバンテージとなります。

中小企業は、従業員数が多くないがゆえに、小回りが利きます。10万人規模の大企業では社員すべてにトップのマインドを浸透させるのに数年かかることもありますが、数十人規模の中小企業なら来週からでも始められます。社員一人ひとりと話し合いや擦り合わせを重ねても、時間はそれほどかからず、すぐに浸透させられるでしょう。中小企業経営者の皆様は、営業職や製造職を兼ねていらっしゃる方も多いので大変お忙しいとは思うのですが、それでも強い意志さえあれば必ずよりよい方向へと舵を切っていけるはずです。

Q6. 東京都が推進するHTTの「へらす・つくる・ためる」について、どのような印象をお持ちですか? また、脱炭素化への第一歩を踏み出そうとされている中小企業の皆様へ、メッセージをお願いします。


東京都がメッセージを発信されている点が何よりも素晴らしいですね。誰もが安心して脱炭素化に取り組むことができると思います。HTTの推進によって今後もサステナビリティの輪は広がっていくと思いますが、個人的にお願いしたいのはさらなる若い世代へのアプローチです。そもそもサステナビリティの定義は「将来世代の幸せやニーズを損なうことなく、現在世代の幸せやニーズを満たす開発」だとされています。現代の子どもたちが、小さなうちからプログラミング技術を習得しているように、「サステナビリティとは何か?」を学ぶ機会を得て、自分の言葉で語れるようになってほしい。そういう子どもたちが、やがて成長し、未来を作っていくからです。

サステナビリティはとても夢のある話です。経営者自らが従業員の皆様へ、ぜひ夢を持って語っていただきたいですね。「へらす・つくる・ためる」の実践は、その第一歩です。本当の意味で、社会貢献度の高い企業が東京から世界へ飛び立てたら、これほど素晴らしいことはありません。日本で生まれた国際規格が世界で標準化されていくように、東京から世界のお手本となる中小企業が羽ばたいていくことを心から願っています。