第一歩を踏み出す勇気と覚悟
中小企業だからこそできる対策があります
【セミナーレポート】

ゼロボード総研所長
グローバルサステナビリティ基準審議会(GSSB)理事
待場 智雄(まちば ともお)氏

中小企業としての脱炭素経営の一歩〜最新情報をつかんで事業を成長へシフト〜

2024/05/16

今、大企業のみならず、中小企業にも求められる「脱炭素経営」。今回のセミナーで、その基本的な考え方や取り組み方を、最新の世界情勢と日本の状況を交えながら解説してくれたのが待場智雄さんでした。長年、国際機関に勤務し、・・・

今、大企業のみならず、中小企業にも求められる「脱炭素経営」。今回のセミナーで、その基本的な考え方や取り組み方を、最新の世界情勢と日本の状況を交えながら解説してくれたのが待場智雄さんでした。長年、国際機関に勤務し、海外における気候変動対策に関する政策やガイドラインづくりにも携わってきた待場さんに、中小企業が脱炭素経営で享受できるメリットや直面する課題と対策、携えるべき心構えなどを教えていただきました。

Q1. 今年1月、サステナビリティ開示基準であるGRIの独立審議機関「グローバルサステナビリティ基準審査会(GSSB)」の理事に就任されました。具体的にどのような活動をされていらっしゃるのでしょうか。


GRIは、1997年にアメリカ・ボストンで設立されたNGO団体です。責任ある企業行動のための説明責任メカニズムを作成する目的で作られ、2002年にオランダのアムステルダムに事務局が置かれました。私は当時この事務局でスタッフとして勤務していたのですが、今回その審議機関のメンバーに任命され、20年ぶりに古巣に関わることになりました。簡単に申し上げますと、今後、企業は通常の会計報告と同じようにサステナビリティ情報も開示していくようになります。そのための報告基準を公開前に審議し、開発・策定をサポートしていくのが私たちの役割となります。


Q2. 国際機関での勤務を通して、海外における脱炭素化への意識の高さや熱量は感じられましたか?


私は留学先のイギリスで、ジョン・エルキントン氏が提唱した「トリプルボトムライン」という考え方に出会いました。これは企業が利潤を追求するだけでなく、人や社会、地球環境、そして経済活動と、3つの要素を同じく大切にしていくことで、より大きな価値を生み出していくというものです。欧州では必ずしも全員が全員、意識が高いというわけではありませんが、わりと早い時期からサステナビリティへの理解が浸透していたからでしょう。海外企業の理解度は比較的高いレベルにあると思います。

Q3. 一方、日本における脱炭素化の状況はいかがでしょう。


ご存じのように、パリ協定が採択された15年のCOP21のように、国際的なルールを話し合う場が毎年設けられ、各国がこの問題に取り組んでいます。また、21年のIPCC第6次評価報告では、地球温暖化が人間活動によるものであることに「疑う余地はない」という評価が下されました。これは、世界中の専門家や科学者の知見を集めて出した信頼に値する答えです。当然ながら、日本企業も事業の存続・発展を考えるにあたって、これを無視することはできません。

苦労されているのは、脱炭素化を進める中で開発された製品が、消費者に受け入れられるかどうかの部分です。実際に意識調査をすると、脱炭素化に配慮した製品やサービスへの関心度は高いようですが、日々の暮らしで必要なモノを購入する際にはどうしても安い方を手に取ってしまいます。そこをどうするかが今後の課題といえます。

Q4. 日本には何か足りないものがあるのでしょうか?


決定的に何かが足りていないわけではありません。企業が自社製品をアピールする際、その製品がカーボンニュートラルに資するものだということは消費者に十分伝わっています。正直、SDGsもこれほど早くポピュラーになるとは思っていませんでした。おそらくこの点は、あまりコマーシャル訴求を行わない諸外国より進んでいるでしょう。しかし、企業自体がどこへ向かおうとしているか、どういった覚悟で脱炭素経営に取り組んでいるのかがわかりづらい面もあると思います。欧州の企業には「自分たちがマーケットを動かしていくんだ」という強い意気込みが感じられます。大手企業や金融機関が中心となって主体的に脱炭素化への流れを作っています。

一方、日本では、サプライチェーン全体での取組において大企業からの要請が強まり、サプライヤーにSBT目標設定 ※1を求める企業も増えてきました。また、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)※2 が25年3月までにサステナビリティ開示基準を最終化する予定です。金融機関も、PCAF ※3 に加盟している場合は、投融資先企業の温室効果ガスの算定・開示が求められています。そういった形で、あらゆるところから脱炭素経営を進めなければならないプレッシャーがかかっている状況です。しかし、どうしても「やらされている感」が否めません。

※1 SBT目標設定・・SBTとは、企業が環境問題に取り組んでいることを示す目標設定の一つ。2015年のパリ協定で定められた「2℃目標」や「1.5℃目標」を目指し、各企業は温室効果ガスの排出削減目標を策定する必要があります。
※2 サステナビリティ基準委員会(SSBJ)・・日本の財務会計基準機構にある内部組織。国際的なサステナビリティ開示基準に沿って、サステナビリティ情報開示の義務化への国内基準作りを進めています。
※3 PCAF・・金融向け炭素会計パートナーシップ(Partnership for Carbon Accounting Financials)の略称。金融機関が投融資を通じて資金提供した企業の温室効果ガス排出を整合的に算定するための枠組みです。

Q5. とりわけ中小企業は、大手企業とは異なるアプローチが必要かと思います。具体的な事例を混じえ、脱炭素経営に必要な心構えやアクションをご教示いただけますか。


脱炭素化への流れは、企業自らが作っていかなければなりません。とはいえ、中小企業経営者の皆さんに申し上げたいのは、この課題を大ごとに捉えすぎなくともよいということです。ちょっとした省エネや設備の見直し、働き方改革、従業員の皆さんへの啓蒙など、簡単なところから始めていただければよいと思います。

セミナーでもお話しましたが、化学品の開発・製造を行うA社では、会社のホームページを刷新し、Scope3を含むCO2排出量などの環境データを開示することからスタートしました。その後、全社横断的なチームを作り、算定データを見ながらさまざまな削減案を策定。できるだけ排出量の少ない原料を選択し、運搬時の排出量を抑えるために調達先を近隣エリアにシフトするなども検討されているそうです。こうした取組は一つひとつが小さくとも、積み上げていくことで大きな価値につながります。

また、印刷会社のB社では、脱炭素経営を自社のブランディングにも活かしています。21年にカーボンニュートラルを支援するサービスを開始しましたが、これは、同社で印刷を行う印刷物のライフサイクル(インキや紙、運搬、廃棄など)で排出されるCO2を算定し、有償でカーボンオフセットを実現するというものです。印刷物にはカーボンニュートラルプリントのマークが表示されるので、環境意識の高い企業からの発注が増加しました。自社工場をゼロカーボンにするコストや手間はあったものの、会社全体で利益を伸ばしています。

こうした脱炭素化への取組を進めるにあたり、まずは自社が置かれている現状を把握することが大切です。

Q6. 東京都が推進するHTTでも、HTT実践推進ナビゲーターによる支援策のご案内や、専門家による無料診断を行っています。こうした自治体の取組についてはどのようにお考えでしょう。

行政の支援事業を積極活用するという視点はとても大事だと思います。特に無料の「省エネ診断」は、先ほど申し上げた「自社の現状把握」に大変有効ですね。私が所属するゼロボードでもGHG(温室効果ガス)の算定・可視化を管理できるデジタルツールを提供していますし、時には専門家の力を借りることも必要だと思います。また、東京都の脱炭素化に向けた取組は、いずれも本気度が伝わる素晴らしいものばかりです。全国1,000以上の自治体がカーボンニュートラル宣言をしていますが、これほどまでにインフラや支援体制を整備している自治体はないと思います。補助金や助成金制度を含め、せっかく受けられるサービスなのですから、活用しない手はないでしょう。

Q7. 最後に中小企業の皆様へ、メッセージを贈っていただけますか?

地球温暖化の影響がそこかしこに見受けられます。これまでは他人事のように思われていたかもしれませんが、近年の異常気象や天災被害に接して「ついに来た」と再認識させられる場面も多いのではないでしょうか。「もはや待ったなし」なんです。

一朝一夕にはいかないことが多いかもしれません。しかし、取組を進めていくうちに見えてくることが必ずあります。現場の従業員の意識が高まれば、ボトムアップでさまざまなアイデアが出てくることも期待できるでしょう。誰かがリードしてやらせるというよりは、みんなで楽しく取り組む方がいいですね。小さな企業は専門部署がないからこそ、社員みんなで問題意識を共有できるという強みがあると思います。いち早くスタートを切った企業ほど、将来的にはあらゆる面で優位に立てます。小さなことからでいいので、ぜひ勇気と覚悟を持って一歩踏み出していただきたいと思います。