株式会社Strategic K 代表取締役 CCJ株式会社 顧問
渡邊 圭(わたなべ けい)氏
CSVは〝責任〟を超えた〝戦略〟だと語るのが、今回のセミナーで「脱炭素経営のMUSTとWANT〜「やらなきゃ」を「やりたい」に変える〜」をご講義いただいた渡邊圭さんです。とりわけ中小企業を取り巻く環境には、あらゆる場面においてビジネスチャンスが存在し、脱炭素化を好機と捉えるべき多くの理由がありました。
「社会的価値と経済的価値の両立」は、2005年に私がアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)に留学していた際に出合った考え方です。当時はまだ、経営戦略論で有名なマイケル・E・ポーター教授も「CSV(Creating Shared Value/共通価値の創造)」という言葉は使っていませんでした。
帰国後、私はどういう伝え方、やり方がよいのだろうと考えていました。後に、同教授が「戦略的CSR(Corporate Social Responsibility/企業の社会的責任)」という言葉を用いて、事業とCSRを一体化するチャンスを説いたとき、私は〝これはビジネスにつながる〟と直感したんです。そして、キリンホールディングス社で立ち上がったCSV戦略部で、ステイクホルダーと自社の共通価値を創るチャレンジを各部署の有志とはじめました。
この経験は、私が2023年に独立し、さまざまな企業のESG経営やサステナビリティ経営を支援している現在も活かされています。その学びの一つは、社会的価値と経済的価値は、同時に現れるわけではないので、タイムラグがどれくらいあるかを見込むこと。両者が影響し合いながら複雑に変化していくのがCSVの特徴なんです。もう一つは「CSVとはこうあるべき」と理論を落とし込むのではなく、それぞれの企業の現場が持つ事情や課題を積み上げて結論を導き出すアプローチです。直面する個別の事情や問題が、その会社〝らしさ〟に繋がり、オリジナリティを持った取組になるからです。
CSRは、企業が社会に対して〝善行〟を行う〝責任〟のようなものです。ある意味、一方通行の考え方なんですね。かたやCSVは、企業と社会が一緒になって”共通価値〟を創る〝戦略〟です。例えば、アパレルメーカーでアップサイクル商品を開発し、その結果、廃棄プラスティックを減らすことができたとします。これは企業にとって素晴らしいことで、社会にとっても歓迎すべき取組になります。双方向で価値が実現する、だからこそ長く続けることができるのです。
CSRとの違いを考えた時、CSVにあるのは、私自身もそこに見いだすことができた「商人(あきんど)感覚」です。企業が脱炭素化を目指す場合、どうしても正解を出さなきゃいけない、あるいは理想や大義を掲げなきゃいけないという考えにとらわれがちですが、CSVは「商売を追求しながら社会に貢献できる戦略」だということです。それに気づいた時、私はふっと気持ちが軽くなりました。
実は、海外ではCSVという言葉自体はさほど強調されていません。目新しいフレームワークという感じではないのです。しかし、CSVというキーワードを用いずとも、カーボントラスト※1のCFPラベルなど、企業が脱炭素化とビジネスを繋げるようなしくみづくりや取組は、以前から当然のように進められています。これはあくまでも私見ですが、リターンを比較的厳しく求める欧米の株主や投資家に、企業は環境に対する取組を売上や利益に繋げる姿勢をアピールする必要がありました。そのことが海外でCSVを経営の常識として体現している理由ではないかと考えています。
一方、日本では、カーボンニュートラルというゴールに対して、地球温暖化対策計画でマイルストーンを作り、その実現に向けGX推進戦略も設けています。第7次エネルギー基本計画では、エネルギー安定供給の確保と脱炭素化を両立するエネルギーミックスも考えられています。これはセミナーでもご紹介した通りです。
これをビジネスのレンズで見てみましょう。2023年に内閣府は「企業内容等の開示に関する内閣府令の改正」で、有価証券報告書でサステナビリティに関する考え方及び取組の開示を求め、SSBJは今年3月にスコープ3のカテゴリ別開示を要請しました。すると、情報の受け手が今まで以上に排出量の比較をしやすくなるので、発信する企業は売上や株価への影響を期待し競争意識が高まります。日本ではそれが、CSVという競争戦略を考えるきっかけになるかもしれません。こうして政策や基準が連動して、大企業がサプライチェーン排出量の取りまとめをする動機が高まっていくでしょう。
※1 2001年に英国政府によって設立された環境コンサルティング機関
私たち中小企業はどうか。よくあるのが、取引先の大企業からサプライチェーン全体での取組を求められ、データを提供しなければならないという状況ですね。そのデータは大企業の排出量に組み込まれ、社会の注目を集めることもない。こういう時、脱炭素化を社会的大義と捉えるだけでは、なかなか気持ちはアガりません。そこで私は、これを好機と見て、営業活動に紐付けたり、商品開発に反映したりすることをお勧めしています。例えば、「パーパス経営」という概念では、自社が〝社会的に、何のために存在するのか〟を経営の軸として事業を行います。この企業のパーパスを商品ブランドパーパスに落とし込むとCSVに繋げやすくなります。
そしてその取組を〝魅せる〟ことも大切です。その手法にはバリエーションがあって、例えばBtoCであればロウカーボン商品を集めた〝売り場を作る〟ことができます。あるいは〝エシカルカテゴリーを作る〟といったこともそうですね。またBtoBであれば、脱炭素化を進める原料会社と包材会社でサプライヤー連合を作るなどの工夫も考えられます。商品の露出や商談の交渉力を高め、売り方や業界慣行を変えていく。ビジネスマッチングの武器にもする。今後はそうした動きがますます活発になっていくと感じています。
環境省の「グリーン製品の需要創出等によるバリューチェーン全体の脱炭素化に向けた検討会(2025年7月25日)」では、企業が排出削減価値を有するグリーン製品(仮称)を政府に登録し、政府がグリーン製品リストを公開するという考え方が議論されています。これは遠からず具体化すると私はみていて、このリストに登録・記載されていない製品は優位性が下がってしまうかもしれません。積極的に〝やったほうがいい〟ではなく〝やらなければ取り残される〟時代がそこまで来ているということです。
私たち中小企業には、脱炭素経営を進めるうえでさまざまな問題が立ちはだかっています。まず「知識の河」。やりたくてもやり方がわからない。その河を越えるために舟を漕ぎ出す勇気が求められます。次に、やり方がわかったとしても、やる人がいない「資源の谷」があります。さらに、やる人がいたとしても、なかなかやる気に結びつかない「情熱の壁」が私たちの行く手を阻みます。東京都が推し進めるHTTは、この3つを乗り越える手厚い支援をしてくれる存在だと思っています。なぜなら、寄り添ってくれるナビゲーターがいらっしゃる。広範な課題をカバーできる多様な施策が用意されている。そして今回、私が登壇させていただいたセミナーのように、現場と現実に即した学びの機会までもが提供されています。そして一番の魅力は、この河と谷と壁に立ち向かう、同じ思いや悩みを持った仲間が増えることだと思います。私自身、脱炭素経営をやさしく深く面白くしていくことに一緒に挑戦していきたいと思いを新たにしました。
おそらく、昨今の脱炭素化への世界的な動きは数十年に一度の商機です。世の中の関心と監視が集まっている今、それをテコにして自分たちのチャンスにしませんか。 私自身も企業を率いる身ですから、ぜひ「私たち中小企業が」という主語で語らせてください。私たち中小企業が日本の経済活力の源泉であり、目の前には中小企業の強みを生かせる機会があります。摺り合わせ、ものづくり、作り込み、そしてニッチ市場で高いシェアを目指すことなども大企業にはできない試みです。あとは地域を意識すること。これはセミナーでも申し上げましたが、低炭素地域づくりでは、全国展開する大企業ではなく地域に根ざした中小企業にこそ利があります。その地域の特性に応じた資源を地域で回すビジネスモデルは、外部に依存するやり方に比べて輸送や送電による排出量を抑えることができますし、地元の企業どうしが連携すれば、副産物や余剰エネルギーを活かすチャンスも生まれるからです。
また、脱炭素化を自社の事業に近い社会課題と合わせて進めていくと、その企業のカラーを滲ませることに繋がっていくはずです。印刷会社が森林保護に取り組めばカーボンシンク機能の維持拡大、飲料メーカーが水資源の保全に努めると取水や排水に係るCO2排出が削減できます。前述の通り、アパレルメーカーなら廃プラ処理と原材料生産でCO2排出量の抑制をしている例もあります。
今や世界が、TCFD※2からTNFD※3にシフトしていることからもわかるように、気候変動の問題は自然資本と切り離して考えることはできません。脱炭素化というテーマを単体で捉えるのでなく、土壌/水/生物資源などの広い視野で捉えると、どんな業種業態の企業にも掛け合わせることができる課題が見つかると思います。そんな脱炭素経営を深く面白くする鍵を、一緒に探しましょう。
※2 TCFD 企業や金融機関が、気候変動に関連する財務的なリスクや機会を評価・価格付けし、開示する枠組
※3 TNFD 企業や金融機関が、自然資本への依存や影響を把握、それに伴う財務的なリスクや機会を評価・報告し、行動に繋げる枠組
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