脱炭素社会実現に向け、2023年には「省エネ法」、2024年には「温対法」、さらに2025年には「建築物省エネ法」が改正されるなど、取組を加速させるさまざまな法整備が進められています。ここでは、中小企業に最も関連性の高い建築物省エネ法をベースに、省エネ法、温対法の成り立ちや概要と併せて解説していきます。
建築物省エネ法とは? 2025年の改正でどう変わる?
省エネ法、温対法と何がどう違う?
「省エネ法は、エネルギー使用量の大きい特定事業者が対象だよね?」、「温対法だって温室効果ガスの排出量が多い特定排出者に課せられるものでしょ?」。巷ではそんな声も聞かれます。しかし、この影響を受けるのは何も大企業ばかりではありません。とりわけ2025年4月にスタートした改正建築物省エネ法では、非住宅(工場や事務所など)も含むすべての建築物が適合義務の対象となり、中小企業の経営にも少なからず影響があると考えられます。
建築物省エネ法の背景と概要
建築物省エネ法とは「建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律」の略で、文字通り、建築物の省エネ性能の向上と再エネ利用の促進を図ることを目的とした法律です。1980年、省エネ法のなかに住宅に係る省エネ基準が設けられたことが始まりで、改正を重ねながら基準の強化が進められてきました。その後は建築物のエネルギー消費が増加してきたことを背景に、省エネ法から建築物に関する部門を切り離して、2015年に制定されたのが建築物省エネ法です。省エネ法が事業者を対象とするのに対して、建築物省エネ法は建築物そのものを対象とするのが大きな特徴。建物の外皮(外壁や窓、床、屋根など)の断熱性能や、空調や照明、給湯など設備機器の消費エネルギーの効率性について、一定の基準を満たすことが求められます。
2025年の改正ポイント
2025年の改正で大きく変わった点は、これまでは説明義務に留まっていた300㎡未満の小規模な非住宅建築物も適合義務の対象となったこと。言い換えると、原則としてすべての建築物に対する適合が義務化されたということです。
| 非住宅 | 住宅 | |
|---|---|---|
| 大規模 (2000㎡以上) |
適合義務 (2017.4〜) |
届出義務 |
| 中規模 | 適合義務 (2021.4〜) |
届出義務 |
| 小規模 (300㎡未満) |
説明義務 | 説明義務 |
| 非住宅 | 住宅 | |
|---|---|---|
| 大規模 (2000㎡以上) |
適合義務 (2017.4〜) |
適合義務 |
| 中規模 | 適合義務 (2021.4〜) |
適合義務 |
| 小規模 (300㎡未満) |
適合義務 | 適合義務 |
引用:国土交通省配布資料より
非住宅建築物とは工場や倉庫、病院、事務所、商業施設などのことで、新築だけではなく、工事内容によっては増改築も対象となります。たとえば、工場の壁や窓の改築や、空調や照明設備の更新を行う場合も、省エネ基準の適合が求められることになります。省エネ性能確保計画の提出や適合性審査などが必要となるため、事務所や工場の新築、増改築予定がある場合は対応を検討する必要が出てくるでしょう。今後は小規模な建築物や設備であってもエネルギー効率を求められる傾向にあるため、エネルギーの見える化※1を進めておくことが喫緊の課題といえそうです。
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参考・引用:国土交通省「建築物省エネ法のページ」より
省エネ法は2023年4月から非化石エネルギーも対象に
省エネ法の背景と狙い
建築物省エネ法の大元である省エネ法ですが、正式名称を「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」といい、1979年、オイルショックを機に制定されました。燃料資源に乏しい日本ではエネルギーの多くを海外に頼っていますが、当時は世界情勢の悪化で石油価格が急騰、供給が止まることが危惧され大混乱に陥りました。その教訓をもとに、化石エネルギーの効率的な利用を促進するため設けられたのが省エネ法なのです。
省エネ法の概要
具体的には、工場や事業所の設置者、運輸業者、自動車や家電製品の製造・輸入業者などの事業者に省エネの取組を促すもので、原油換算1,500kl/年以上使用する特定事業者には年に一度の定期報告が義務付けられています。報告には「エネルギー消費原単位」という評価基準が用いられ、特定事業者には年平均1%以上の効率改善が求められます。「エネルギー消費原単位」とは、ある生産活動に対して消費されたエネルギー量を表す単位のこと。たとえば、工場にエネルギー効率の高い工作機器を導入すれば、製品の製造に消費されるエネルギー量が少なくなるので、原単位を効率化できたことになります。
2023年の改正ポイント
2023年の改正では脱炭素社会の実現に向けて大幅に内容が見直され、再エネや水素など非化石エネルギーが報告対象に加わりました。正式名称も「エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーの転換等に関する法律」に変更。省エネの取組を促進するとともに、化石エネルギーから非化石エネルギーへの転換が強化されているのが大きな変更点です。また、太陽光発電などの再エネ導入拡大を支える仕組みとして、電力の需給状況に合わせて需要を増減させるディマンドリスポンス(DR)の実施を促進。特定事業者には、月別あるいは時間帯別の電気使用量や、DRを実施した日数などの実績報告が求められるようになりました。2023年の改正ポイントをまとめたものが以下の3つです。
(1)エネルギー使用の合理化
改正省エネ法では、エネルギーの定義を拡大して、化石エネルギーだけでなく、非化石エネルギーが報告対象に加わりました。

すべてのエネルギーの使用の合理化が求められます。
(2)非化石エネルギーへの転換
特定事業者には、非化石エネルギーへの転換に関する中長期計画の作成と、非化石エネルギーの使用状況などの定期報告が求められるようになりました。

非化石エネルギーへの転換に関する中長期計画書等の提出が必要になります。
(3)電気の需要の最適化
再エネの発電量が多い時間帯に電力消費を増やす「上げDR」、電力需給がひっ迫している時間帯に電力消費を減らす「下げDR」など、DRの促進と実績報告が求められるようになりました。

新たに「DRを実施した日数の報告」が必要になります。
参考・引用:
※資源エネルギー庁『省エネポータルサイト』
※資源エネルギー庁『2023年4月施行の「改正省エネ法」、何が変わった?』
温対法は2025年4月から2国間クレジット制度の実施体制を強化
温対法の背景と狙い
温対法とは「地球温暖化対策の推進に関する法律」の略で、1997年に京都で開催されたCOP3で京都議定書が採択されたことを受け、日本における地球温暖化対策の第一歩として1998年に成立しました。省エネ法が化石エネルギー使用の効率化を目的としているのに対し、温対法は地球温暖化の原因となる温室効果ガス排出量の削減を目的としていて、国や地方自治体、事業者、国民がともに対策に取り組むことが求められています。
温対法の概要
当初は基本方針や実行計画の策定といった実行を伴わない内容でしたが、2006年からは温対法に基づく「温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度」がスタート。温室効果ガスを多く排出する事業者に対しては、排出量を算定して国に報告することが義務付けられました。報告された情報を国が集計して公表することで、事業者が自ら排出抑制対策の効果を評価し、対策の見直しに繋げることを狙いとしています。
報告義務のある特定排出者の対象には、エネルギー使用量が原油換算1,500kl/年以上となる省エネ法の特定事業者のほか、工業プロセスや化学反応など非エネルギー起源で温室効果ガスを多量に排出する事業者も含まれます。
2024年の改正ポイント
2050年のカーボンニュートラル、2030年のカーボンハーフ実現への道のりは依然遠く、国は、国際、国内の両面で脱炭素化の取組を加速。温対法においては、2024年に「二国間クレジット制度(JCM)の実施体制強化等」、「地域脱炭素化促進事業の拡充」などの法改が行われました。それぞれの改正ポイントは以下の通りです。
(1)二国間クレジット制度(JCM)の実施体制強化等
二国間クレジット制度(JCM)では、日本がパートナー国(主に途上国)へ脱炭素技術やサービスを提供することで、その国の脱炭素化に貢献。温室効果ガス排出削減の効果をクレジット化して、パートナー国と分け合います。日本の優れた脱炭素技術や製品の普及を進め、日本企業の海外進出を支援する狙いもあります。JCMの実施体制をより強化するため、クレジットの発行、口座簿の管理を行う主務大臣を規定するとともに、主務大臣に代わって手続きの一部を実施できる指定法人制度が創設されました。
(2)地域脱炭素化促進事業制度の拡充
それまでは市町村のみが定めていた再生可能エネルギー促進区域について、都道府県と市町村が共同して定めることができるようになりました。複数の市町村にわたる地域脱炭素化促進事業計画を都道府県が行うことになり、地域共生型の再エネ導入が進められるようになります。
参考・引用:
※脱炭素ポータル/環境省「地球温暖化対策推進法の概要と令和6年改正について」
まとめ
温対法や省エネ法は、エネルギーを原油換算1,500kl/年以上使用する特定事業者が対象となるため、中小企業にとって直接関わりのない法律と思われるかもしれません。しかし、法改正により大企業の取組が強化されるため、サプライチェーンの一員である中小企業にはCO2排出量開示要請が強まることが予想されます。脱炭素社会の実現には、国や自治体、大企業だけではなく、全企業数の99.7%を占める中小企業の取組が不可欠です。そのため、国や東京都には中小企業の取組を支援するさまざまな制度や助成金を用意があります。それらをうまく活用して脱炭素経営の第一歩を踏み出しましょう。
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