ナビゲーターインタビュー
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ナビゲーターインタビュー
vol.3 井上共規さん



HTT(電力をへらす・つくる・ためる)に大きな関心はあるものの、「どのような取組から始めるべきか」、「東京都の支援策にどのようなものがあるのか」といった疑問をお持ちの方々も多いことでしょう。その際にサポート役を担うのがHTT実践推進ナビゲーター。3回目となる今回は、ナビゲーターの井上共規さんにご登場いただき、企業様とのコミュニケーションを通して得たリアルな経営現場の声をお聞きしてみました。

決して一つではない答え
それを導き出すために必要なのは「聞く力」だと思います

長年、求人広告業界において企画・営業職に従事し、それぞれのクライアント企業が抱える人材確保の悩みや喫緊の課題を解決してきたのが井上さんです。2023年1月、HTT実践推進ナビゲーター事業開始と同時に、その旗振り役であるナビゲーターに就任。すでに多くの企業様とお会いし、HTTの周知や具体的な取組についてのご提案を重ねてきました。

井上「私たちナビゲーターの仕事は、都の支援策をご案内するだけにとどまりません。HTT推進の背景にある、2030年までに温室効果ガス排出量を50%(2000年比)にまで削減するカーボンハーフの表明や、その後を見据えたカーボンニュートラルへ至る道筋をお話ししながら、脱炭素化に向けた取組の重要性……つまりは本質の部分をできる限りお伝えしています」

しかし、訪問先企業の業種は多種多様。実際に足を運び、膝を突き合わせて会話を交わすと、さまざまな企業様がいらっしゃることに気づかされたといいます。

井上「私がこれまで訪問してきた企業様を振り返ると、製造業を営む企業が多かったですね。ただし製造業と一言で括っても、金属加工の分野なら一般的な金物加工や成形加工を生業とされる企業から、より高い精度が求められる精密加工を自社の強みにされている企業まで多岐にわたります。会社によって事業規模や設備環境が異なるうえ、取組に対する切迫感やご担当者の積極性にも温度差があります。ただ、HTTに注目されたきっかけをお尋ねすると、決まって返ってくるのが「電気代をいかに安くできるか」、「そのためにはどのような施策が考えられ、どのような支援が受けられるのかを知りたい」という反応でした。もちろんこれは中小企業経営者の皆様にとって当然の思いでしょう。なんらかの投資をしたらどんなリターンが得られるのかは確かに気になるところです」

製造業の場合は、省エネによるエネルギーコストの削減という明らかなゴールが見えています。ゆえに取組の方法を精査・具体化してゆくのは比較的容易とのこと。想定結果を数字で表し、環境問題に取り組む意義をコスト面からご理解いただくことができるのだといいます。ところが、照明器具のLED化といった基本策を完遂している企業様や、すでに助成金制度を活用して対策に取り組んでいる企業様の場合、新たな解決策を見いだすのは簡単ではありません。また、業種の違いでゴールへの道筋はさらに複雑化します。例えば、IT業界をはじめとするデジタルサービス企業は、環境問題に対する意識が高く、初歩的な省エネ対策が浸透している反面、プラスアルファで取り組める余白が自ずと狭まっていきます。

井上「ある程度HTTの『へらす』についての取組を終えていらっしゃる企業様は、一言でいうと、やれることが極端に少ないのが実情です。そうした場合は『つくる』や『ためる』にあたる太陽光発電や蓄電設備の導入というプランをご提案しています。でも、こちらは助成金を活用したとしても相応の投資や負担を伴うため、即決即断というわけにはいきません。また、導入に踏み切りたくても、社屋や工場の老朽化によって太陽光パネルの機材が設置できないといった壁が立ちはだかることもあります。個々の現状によってご提案のポイントは三者三様に変化します。まずは、それぞれの状況を詳らかにお話いただくことが重要で、そこからよりよい解決策を洗い出してゆくのが私の役目です。

この仕事は、本当に“聞く力”が試されますね。それだけにやり甲斐のある仕事だと感じています」

コロナ禍によって消沈しつつあった脱炭素化への芽吹きを
私たちナビゲーターが育み、加速させていきます

もともと日本では、省エネ・再エネに関心を持つ中小企業は多かったといわれています。それが停滞してしまった理由は、ずばりコロナ禍の影響。それまで予定していた設備投資が業績の悪化で減速してしまったことが挙げられるでしょう。さらに、ロシアのウクライナ侵攻に端を発する世界情勢の不安や資源価格の急騰もこれに拍車をかけています。海外への輸出をビジネスとする産業は半導体不足で軒並みスローダウン。ここ1〜2年は数々のマイナス要因が噴出し、ゼロエミッション達成に向けての先行きを不透明にしてきました。

井上「とはいえ、環境問題はその時々の景況感に大きく左右されると感じています。この事業がスタートしてから多くの企業様にHTT参画への働きかけを行なってまいりましたが、コロナ禍が収束に向かいつつある今、『もう一度トライしてみよう!』とおっしゃる経営者の方々も出てくるようになりました。私たちが都の支援策をご案内したことがきっかけとなって、それまで立ち止まっていた設備投資が一気に加速し始めたという例もあるんです」

また、これには大手企業が本格的な脱炭素化経営へと舵を切ったことも作用しています。



井上「環境問題への取組は、もはや中小企業の皆様にとっても避けられない課題です。サプライチェーンの強靭化を図る大手企業から脱炭素に関するアンケートや調査を求められたという声を度々お聞きしていますし、その回答いかんでやがては取引停止という事態に陥ってしまうことも大いに考えられるともいわれています。今は大丈夫だからと高を括って時勢に乗り遅れてしまうと、将来的に大切な取引先を失ってしまう可能性だってあるんです」

古くなったオフィス機器や冷暖房機器を省電力型の最新機種に換装したり、太陽光発電設備を導入したりすれば、それだけでエネルギーコストは抑えられ、取組への姿勢がアピールできます。その一方で、社内のDX化もまた、今すぐ取りかかれる有効な手段ではないかと井上さんは指摘します。

井上「それまで手作業に頼っていた業務をデジタル化することで作業効率を大幅に上げる。これだけでも労働時間の短縮に繋がり、間接的に消費電力の抑制が見込めますよね。最新のソフトウェアやデジタルサービスの導入などでも都の助成金制度を活用できるケースがあります。そういった施策と組み合わせれば、省エネをより一層深化させてゆくこともできそうです」

この仕事を通じて得た発見や気づきを共有し、
脱炭素化に対する意識改革をもたらしたい

ナビゲーターはあくまでも企業様の悩みや疑問を解決し、脱炭素化実現への案内人としてサポートするのが主な役割。助成金申請を代行することはなく、実際の設備導入に際しても各領域の専門家への橋渡し役に徹するのが常です。

井上「これまで私は広告業界で営業職を務めてきましたが、そこには必ず『商品が売れた』、『契約が取れた』という結果が伴いました。一方、現在の業務はHTTのPRとともに効果的な支援策を選定し、相談者様の背中を押すところまでがお仕事。実際に都の制度を活用して利益率が上向いたかどうか、各企業様の脱炭素化経営が深化したかどうかまでは、わからないことの方が多いんです。私たちナビゲーターの言葉が本当に皆様に届いているのか、役に立っているのかが、手応えとして感じられず不安になってしまう時もありました」



でも、井上さんがナビゲーターとなって約半年。ご自分の中にも動かしがたい変化が見られるようになったともいいます。

井上「企業様からのご要望に応じて訪問をさせていただく際、事前に情報を収集し、資料を準備して面談に臨みますが、逆に事業現場に携わる皆様の声から学ぶことも少なくありません。その都度、新たな発見や気づきが蓄積されていきます。脱炭素化に対する強い意識と願いが、私自身の中でも日進月歩で膨らみ続けているんです。温暖化による気候変動で自然災害が甚大化し、人が住みづらい世の中になってしまうと、経済活動にも大きな悪影響を及ぼします。事業継続のためにエネルギーコストを抑えることは大切ですが、今後もつつがなくビジネスを続けられるよう環境問題に取り組み続けてゆくことこそが肝要だという点を強調しています」

ご自身のうちに沸き起こった意識改革を、中小企業経営者の皆様にも共有できたら……。そんな思いを胸に、今日も井上さんは相談者様へのご案内を続けています。

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