国際航業株式会社 カーボンニュートラル推進部
SDGs担当 今田 大輔(いまだ だいすけ)氏
地方自治体の地球温暖化対策についての実行計画策定や、企業のコンサルティングを手掛けているのが、SDGsおよびカーボンニュートラルの推進アドバイザーとして活躍する今田大輔さんです。本セミナーでは、企業における脱炭素の概念理解に始まり、どんな活動がCO2を排出し、どの部署がそれに関わり、どのようにこの問題を社内で共有すべきかなど、より実践的な考え方や取り組み方について語っていただきました。
持続可能な開発目標……いわゆるSDGsは、皆様もご承知の通り2015年9月の国連サミットで採択されました。私はごく個人的な興味から、この当時からSDGsについて調べ、具体的にどのような取組ができるのかを考え続けてきました。その礎があって、現在は地方自治体におけるさまざまなしくみづくりや、農業・水産業分野での再生エネルギー導入をお手伝いするなど、普及実践に繋げていく活動を行っています。
SDGsはCSR(企業の社会的責任)や社会貢献活動の視点だけでスタートさせると大抵はうまくいきません。脱炭素経営についても同様のことが言えますが、企業のイメージアップのためではなく、今、真剣に取り組まないと将来生き残れないという覚悟が前提にあると考えています。今回のセミナーでもお伝えしましたように、温室効果ガスの排出量は全世界で年間約2,073億トンにのぼり、自然界で吸収される量が年間約2,033億トンといわれています。本来はこの収支が差し引きゼロになるのですが、毎年約40億トンもの温室効果ガスが蓄積されていることになります。
逆に申し上げると、カーボンニュートラルが実現するまでは着実に温室効果ガスは増え続けるということです。今まで溜まっていたものが、すぐに消えてなくなるわけではないということですね。私たちが自然界の循環に頼らずに危機意識を持ち、早期に排出量を削減する行動に移さないといけません。それを解決するためには「現状はどうなっているのか」に加え、企業活動の「どこで」「どれだけ」排出されているのかを可視化し、把握することが急務であるとお伝えしています。
調達・製造・在庫管理・配送・販売・消費など、すべての工程から温室効果ガスは排出されます。事業者自らによる直接排出(Scope1)、他社から供給されたエネルギー使用による間接排出(Scope2)をチェックし、事業活動に関連する自社以外の排出(Scope3)にも目を向けなければなりません。また、自社の「どんな活動」において排出しているのかを考える必要があります。
これには、環境省と経済産業省が取りまとめた「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン ※1」を片手に、分類される各カテゴリーを吟味しながら自社の事業にあてはめてゆくという地道な作業を要します。私たちのようなコンサルタントは、その専門知識や方法論をアドバイスできても事業の実態まではわかりません。やはり、自社のことを最もよくわかっていらっしゃるのが経営者の皆様です。時間がかかるとは思いますが、大企業とのお取引や脱炭素化の要請のあるなしに関わらず、中小企業の皆様には積極的に取り組んでいただきたいと考えています。
※1 サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン(環境省 経済産業省)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/tools/GuideLine_ver2.4.pdf
例えばエネルギー使用については、その事業に関連してどんな燃料を使用しているかを詳らかにしていくことになります。とりわけ「電気」は各電力会社によって排出係数が異なるため、算出に注意が必要です。しかも、同じ電力会社でも年度によって排出係数が変わっている場合があります。製造・生産を伴わないオフィス系の企業様の場合は、ほぼすべてのエネルギー使用は電気ですよね。インターネットで公開されている「電気事業者別排出係数一覧」などを参考に確認していただければと思います。
次に、アクションすべき対象を把握することも重要です。自社の事業をScopeの各カテゴリーにあてはめていくと「どこに」の部分が見えてきます。企業内のどの部署が関わっているのかを明確にしつつ、「どれだけ」排出されているのか算出し積み上げていきます。その際、「その業務に関わっているから」という理由で担当部署に算定をまる投げしてしまうと、いわゆる“たらいまわし”の状況が発生し、社内で揉めてしまうケースも少なくないんです。共有しておきたいのは「活動量×排出原単位」という基本式です。計算式はカテゴリー毎にあり、同じカテゴリーでも複数の計算式があるため、その選択いかんで担当部署が変わるかもしれません。例えば、事業で出る廃棄物の処理は、埋め立てるのか、焼却するのか、リサイクルするのかによってそれぞれ排出原単位が変化し、生産部門なのか、環境部門なのか、あるいは経理部門なのか、詳細なデータを把握している部署もまた変わります。プロジェクトにはさまざまなスタッフの協力が不可欠です。参加メンバーを組成する際は、できるだけ理解に積極的な人材を集め、経営者ご本人など全体を見渡せるリーダーが指揮されることをおすすめします。
なぜ、脱炭素経営なのか? これを社内でどう伝え、社員の皆様に自分のこととして認識してもらえるかは極めて重要です。最初に申し上げたように、CSRの視点だけに固執して話を進めようとするとうまくいきません。売上をあげている社員から反発を招いてしまうことがあるからです。決して企業の社会的責任や社会貢献活動を否定するものではありませんが、利益との両立を示さないと全社的な同意は得られないでしょう。社員の皆様のモチベーションが低く、「上司に言われたからやる」という消極的姿勢では物事が立ち行きません。
私は、「社会的インパクト・マネジメント ※2」や「ESG ※3」を専門領域として企業経営者の皆様にアドバイスをさせていただいていますが、これまでの価値観は崩れ、時代は今まさに大きな変革期を迎えています。アメリカの高名な経営学者であるマイケル・ポーターが、CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)という考え方を提唱しています。これは営利企業として社会課題を解決し、経済的価値と社会的価値を両立させようという考え方です。カーボンニュートラルの文脈では「デカップリング」と呼ばれ、企業の成長と温室効果ガス削減を同時に目指すこととして注目を集めています。経営戦略や事業方針の策定において、目先の利益追及だけではない軸、つまり回り回って利益に繋がる軸というものが増えてきました。温室効果ガスを減らすという軸もこれに含まれます。電気料金を例にすると、今までは安さ重視で電力会社を選択していましたが、安さ以外にも「温室効果ガスの排出量」というポイントが判断の要素になりつつあります。
脱炭素経営に取り組むメリットは、優位性の構築(競争力強化で売上・受注を拡大)、エネルギーコストの低減、知名度・認知度の向上(他社との差別化、顧客からの支持)、社員のモチベーションアップや人材獲得力の強化(働くスタッフの共感や信頼が得られ、この会社で働きたいと思う人材の獲得が期待できる)、資金調達面で有利になる(金融機関などの融資条件の優遇)といったことが挙げられます。こうした目に見えにくい「非財務価値」がやがて大きな意味を持ち、巡り巡って「財務的価値」になりうる可能性を共有できれば、全社的な協力体制が生まれ、社員が一丸となって前を向くことができるのではないでしょうか。
※2 社会的インパクト・マネジメント…社会的インパクトは、事業のアウトプットが社会にもたらす短長期の変化、便益、成果のこと。直接的・間接的な影響として受益者やその周辺に変化を与えることから「アウトカム」とも呼ばれています。これらを企業の意思決定や業務改善に活用するのが社会的インパクト・マネジメントで、欧米を中心に世界中で注目を浴びています。
※3 ESG…環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取った経営用語。企業が長期的な成長を遂げるためには環境課題、社会課題、企業統治課題の3つの観点からを解決することが望ましいという考え方です。SDGsのゴールやターゲットと重なる部分もあるため、企業がESGに配慮した経営をすることで、SDGsの達成にも貢献できます。
これまで多くの企業様へ脱炭素経営の重要性をお話させていただく機会がありましたが、その経験から申し上げると、残念ながら「脱炭素はボトムアップでは広がらない」と感じています。やはり経営に携わる意思決定層の皆様が「正しい知識」で判断し、「トップダウン」で物事を進める方が成果を上げやすいようです。とはいえ、「正しい知識」は一朝一夕で得られません。中小企業の場合は、本来業務と兼務しながら取組を進めざるを得ない方々が多く、かといって大企業のようにこの分野に精通した専門家を雇うのも容易ではないでしょう。
そんな中で、HTT実践推進ナビゲーター事業は頼りになる存在だと思います。専門性の高い知識を有したナビゲーターが最適な支援策を案内してくれるというのですから、これほど素晴らしいしくみはありません。また、多種多様な支援事業がワンストップでわかるのもいいですね。多くの地方自治体は、国の施策に基づいたサポートを中心に行っていると聞きます。東京都は独自に設計されている制度もあり、手厚く幅広い補助を受けられる環境が整備されています。東京都の中小企業の皆様は私の目から見ても、本当に羨ましいと感じます。
おそらく、脱炭素やサステナビリティに対する理解は、今後当たり前のものとなっていきます。英会話を学んだり、仕事に必要な資格を取得したりするのと同じように、社会人が携えておくべきリテラシーの一つに位置付けられてゆくでしょう。
中小企業経営者の皆様にお願いしたいのは、ご自身が「正しい知識」で判断する姿勢をお持ちになると同時に、社員の方々にも基礎的なリテラシーとしてこの領域を学ぶチャンスを与えていただきたいということです。特定の担当者さんのみに任せてしまうのではなく、社員皆さんでこの問題に取り組んではいかがでしょうか。今、ご自分たちに何ができるのかを考え、HTTの実践を通して理解を深めていただけたらと願っています。HTT実践推進ナビゲーターの活用そのものが、学びの機会になればよいですね。
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