慶應義塾大学大学院理工学研究科 非常勤講師
藤平 慶太(ふじひら けいた)氏
慶應義塾大学大学院で「企業と環境」をテーマに教鞭をふるうかたわら、再エネベンチャーでさまざまな企業の課題解決に取り組まれている藤平慶太さん。「中小企業の環境経営の5つの手法」と題した本セミナーを振り返りながら、日本における環境問題の意識変化を背景に、中小企業が取り組むべき環境課題のポイントについて伺いました。
私は環境分野に関わるようになって約20年が経ちます。当初は、日本に環境学を学べるところがなかったため、渡米してミシガン大学大学院で自然資源環境学を学びました。帰国後に環境に関わる仕事を探して、ようやく見つけたのがまだ小さなベンチャーだったレノバでした。当時はリサイクル事業が主体でしたが、社会における環境問題の関心が移り変わるに従って、リサイクルから温暖化対策、再エネといった具合にビジネスの軸も変化していきました。これまで国の調査や企業のコンサルティング業務に携わりながら、再生可能エネルギーやリサイクル、LCA(ライフサイクルアセスメント)、環境技術の海外展開などもご支援してまいりましたが、今はバイオマス発電や風力発電など、再エネ発電の開発を中心に行うようになっています。入社当時の十数年前に比べると環境問題への関心は大きく高まっており、社会の変化をリアルに感じています。
その後は、東京大学大学院で環境学研究系国際協力学の博士号を取得したことをきっかけに慶応大学大学院で非常勤講師を務めるようになりましたが、知人の教授からは「もっとベンチャーや起業に目を向けるよう、慶応生にベンチャーマインドを伝えて欲しい」という要望がありました。そのため授業では、学生に規模の大小や業種に関わらずさまざまな企業の環境への取組をレポートにまとめてもらっているのですが、これが中小企業やベンチャーに目を向ける良いきっかけになっているようです。私の講義に興味を持って「再エネベンチャーに決めました」と、就職先にベンチャー企業を志望する学生も複数いました。業種や分野、規模の大小に関わらず、この先の企業活動には環境という視点が必ず入ってくると考えていて、その時に具体的な行動を起こすためのヒントを授業の中から得てもらっています。
20世紀においては、経済と環境が対立するという概念がありました。消費者、企業、行政、それぞれに環境汚染に対する責任があって、経済発展にともない環境汚染が進むのは避けられないと考えられていました。環境問題を解決するには原始時代に戻った方がいいのでは、などと過激な思想を持つ人がいた時代もあります。ところが21世紀の現代においては、そうした考えは見られなくなり、逆に環境関連産業という新たな市場が主役になるという、社会経済のパラダイムシフトが起きています。つまり「経済と環境は両立する」というのが私の考えであり、学生への講義でもそう語っています。
海外から見ると遅れをとってはいますが、日本政府も本気で環境問題への取組を進めています。日本の場合は、2020年に当時の菅義偉政権が行った「2050年カーボンニュートラル」宣言を機に取組が加速度的に進んだのではないでしょうか。次世代型太陽電池やカーボンリサイクルなど、技術革新が起きやすい分野を積極的に支援していく内容で、環境分野のデジタル化、グリーン成長戦略など、現在の岸田文雄政権もこれに沿った方針を採っています。今や環境分野は大きな経済市場となっており、世界に取り残されてはならないと、日本政府も危機感を持って進めています。
主に3つの競争優位性が考えられますが、1つ目にあげられるのは「収益向上の機会」。つまり、環境問題の取組の評価で新しい収益の機会を得やすくなるということです。例えば、太陽光発電の導入により、地元企業の投資が増えて事業が大きく発展したという例も多くあります。2つ目は「コスト、リスクコントロール」ですが、省エネに取り組むことでエネルギーコストが下がるとか、廃棄物や排水の処理方法を改善することでコストが下がることも考えられます。また、事前に環境課題を解決しておくことで、行政指導などのリスクを未然に防ぐこともできます。3つ目は「レピュテーション(評判)、ブランド価値の向上」ですが、環境問題の取組が評価されSNSなどで情報が拡散される例が多く見受けられます。また、消費者は少し価格が高くても環境によい製品を選ぶ傾向にあるため、環境に配慮したモノ作りをアピールすることで製品のリピート率があがり、企業としてのブランド価値の向上も期待できます。
さらに加えれば、優秀な人材の確保にも繋がると考えられます。私は授業で学生達とディスカッションをしますが、優秀な学生ほど企業の理念をみて就職先を選ぶ傾向にあるように感じます。社会に役立つどんなスキルを得られるのか、どんな理念のもとで働けるのか、今の学生はそういうことを非常に重視しています。つまり、優秀な人材から選ばれる企業になるためにも、環境問題に対する取組が重要になってきているということです。
大企業がカーボンニュートラルの取組を加速するにあたり、サプライヤーである中小企業にも同様の動きを求める日が遠からず来ると思います。そうなった時、再生可能エネルギーの調達など脱炭素化への取組を進めておくと、競争優位性を発揮する良いチャンスに繋がると思います。風力発電、バイオマス発電、地熱発電、水力発電などさまざまな再生可能エネルギーがありますが、中小企業に限らず誰にでも取り組みやすいのが太陽光発電であり、東京都もさまざまな支援制度を設けて積極的に導入を進めています。補助金を利用すれば設備の導入費用も抑えられますし、自家発電、自家消費はエネルギーコストの削減に繋がるケースが多いので、導入の検討をおすすめします。
太陽光発電などの再生可能エネルギーに関しては、2012年に固定価格買取制度のFIT(Feed-in-Tariff)制度が導入され、太陽光で発電した電気を電力会社が一定価格で一定期間買い取ることを保証することで、発電事業者が利益を得る仕組みが設けられました。最近では再エネの普及が進んできたため、2022年からは、変動する電力価格に一定のプレミアム価格を上乗せするFIP(Feed-in-Premium)制度に移行しつつあり、今後一定規模以上の太陽光発電を導入される場合は、FIP制度のもとで行われることになります。
FIP制度は時間によって売電価格が変動するため、蓄電池などを活用して市場価格が高い時に売電することで、より高い収益が望めます。いずれ蓄電池を普及させるための制度でもあり、今後は蓄電池+再エネという活用方法も検証が進んでいくと思われます。現時点では蓄電池が高額ですが、世界では蓄電池の価格競争が起きているため、近い将来にはコストメリットが出てくるようになると考えています。
環境経営において重要なのは、どうやって意思決定がなされていくかということです。まずは環境意識の浸透というのがあり、短期間ではなく、長期の影響を考えて行動を構築する必要があります。そのために重要なのが、企業のトップが環境問題に対する明確なメッセージを出して、環境の取組のゴールを設定するということです。
次に行うのが、情報を収集して管理するということ。自社の事業はどれだけ廃棄物を出していて、エネルギーを消費しているのか、それによってどれだけ環境に負荷を与えているのかを把握します。収集した情報から改善すべきポイントを見つけ、改善方法や目標を設定していきます。次に、収集したデータを元に事業を再検討します。ライフサイクルアセスメントの結果なども参考にしつつ、製品やサービスの開発を行えば、新たなビジネスチャンスを見出すことも可能でしょう。こうしてトップが設定したビジョンゴールを中長期的に現場へ落とし込んでいくことで、最終的に環境経営を企業文化として定着させていくことが必要だと思います。
東京都は国に先駆けて、世界に並ぶ先進的な取組を進めようとしています。水素社会の実現にも意欲的に取り組んでいますし、HTTの取組の柱として太陽光発電の導入にも力を入れています。ただし、環境問題の課題解決は行政だけが力を入れても進みません。「笛吹けど踊らず」とならないよう、中小企業や基礎自治体、都民の皆さんが行動を起こすことが大切なのです。企業としてできることは、まずは東京都が用意する支援制度について知り、対応する助成金があれば積極的に使うこと。行動の最初の一歩が、HTT実践推進ナビゲーターなど行政の窓口に相談することなのだと思います。
セミナーでもお話しましたが、省エネは光熱費の削減であると同時に、売上ベースに換算するととても大きな利益にも繋がります。たとえば、既存の設備を省エネ型に更新して光熱費が30万円浮いたとすると、その30万円はそのまま利益になるのです。同じ額の利益をあげるのにどれだけ稼ぐ必要があるかというと、利益率5%とした場合では20倍の600万円を売り上げる必要があります。つまり、省エネは効率的に利益を生み出す手法でもあるのです。現在はエネルギー価格が高騰しているため、このタイミングで省エネに取り組めばより大きな利益を生み出すことができるでしょう。自主的な取組だけでは大きな成果は得にくいかもしれませんが、東京都で行っているHTT実践推進ナビゲーターに相談すれば、無料で高効率な策を出してくれます。そのようなチャンスを逃さずキャッチしていくこと、それもビジネスの大切な視点なのだと思います。
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