脱炭素の「正しさ」だけで人は動きません
「面白さ」「楽しさ」で一歩踏み出す
行動変容のきっかけづくりを

脱炭素の「正しさ」だけで人は動きません
「面白さ」「楽しさ」で一歩踏み出す行動変容のきっかけづくりを

国際航業株式会社 カーボンニュートラル推進部 SDGs担当
帝塚山学院大学 非常勤講師
今田 大輔(いまだ だいすけ)氏

事業成長につなげる脱炭素経営

2024/09/26

地方自治体のSDGsやカーボンニュートラル推進アドバイザーとして活躍する今田大輔さん。2度目のご登壇となる本セミナーでは、無関心、他人事という壁を乗り越える行動変容の仕組みづくりについてお話いただきましたが、・・・

地方自治体のSDGsやカーボンニュートラル推進アドバイザーとして活躍する今田大輔さん。2度目のご登壇となる本セミナーでは、無関心、他人事という壁を乗り越える行動変容の仕組みづくりについてお話いただきましたが、セミナーでは「面白さ」「楽しさ」「かわいい」など、脱炭素らしからぬキーワードも多く聞かれました。今田さんが普及活動に奮闘するなかで辿り着いた、人を動かすためのユニークなアイデアについて伺います。

Q1. 今田さんはSDGsやカーボンニュートラルの推進アドバイザーとして自治体の脱炭素関連業務に携わられていますが、脱炭素社会に向けた日本の状況についてどうお考えですか。

日本は2050年カーボンニュートラル実現に向けて「グリーン成長戦略※1」を進めていますが、これは再生可能エネルギーなどのグリーンエネルギーの導入・拡大によるエネルギーシフトを経済成長に繋げようという考えで、経済と環境の好循環を目指すものです。つまり、温暖化対策を経済成長の制約やコストとする時代は終わり、成長の機会と捉える時代に入ったということです。経済成長しつつエネルギー消費や温室効果ガスを減らすことをデカップリングといいますが、日本の場合はどうなのかというと、2013年を境として、GDPを伸ばしつつも温室効果ガスの排出量は減る傾向※2にあり、デカップリングを実現できている状態にあるといえるでしょう。

自治体の動きを見ますと、東京都、京都市、横浜市をはじめとする1122の自治体がゼロカーボンシティの宣言※3をしており(2024年9月30日 時点)、2050年までに二酸化炭素排出実質ゼロを表明しています。2020年の時点で宣言したのはわずか116の自治体でしたから、この4年で取組への意識が一気に高まっているのが見て取れます。

※1 グリーン成長戦略/経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/index.html
※2 我が国のGDP(実質)と温室効果ガス排出量の推移/環境省
https://www.env.go.jp/press/900528641.pdf
※3 2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明 自治体(2024年9月30日時点)/環境省
https://www.env.go.jp/content/000254847.pdf

Q2. いま、社会全体の意識が変わりつつあるということでしょうか。セミナーでは、脱炭素経営は今すぐ取り組むことに優位性がある、というお話もありました。


脱炭素経営に限らず、サステナブル経営、SDGs経営についてもそうですが、今は利益追求以外のことについて経営判断が求められる時代です。もはや脱炭素はコストではなく、ビジネスの新しい潮流、機会として捉えることが大切です。それには、脱炭素経営のメリットを考えてみるとよいでしょう。

脱炭素経営に取り組むことは、省エネで光熱費や燃料費の削減に繋がるほか、先進的な企業としての優位性を得られることが考えられます。企業としての知名度が上がることで、社員のモチベーションも上がり、優秀な人材の確保に繋がるかもしれません。ただしこれらのメリットは、今やることによって得られる、ということを知っておいていただきたい。数年後には、すでに当たり前のことになっている可能性もあるのです。脱炭素、あるいはサステナビリティに関する領域は急速なスピードで変化していて、社会全体の意識が変わりつつあります。私は長らくSDGsの普及活動に関わってきましたが、2019年のコロナ禍の頃を境に一気に認知が進んだと記憶しています。そのSDGsが広がる直前と今の脱炭素の状況が非常によく似ているのです。

SDGsはよくわからない一つのワードとして捉えられていたのですが、今は17の個々の課題について考えるフェーズに入ってきていて、その一つの課題として脱炭素も注目されはじめています。脱炭素経営もコスト面で語られがちですが、その思い込みがなくなった時に一気に状況が変わるのではないでしょうか。今はその少し手前にある、私にはその肌感覚があります。

Q3.  一方、組織では取組が思うように進まないという声もよく聞かれますが…。

社内で協力を得られないのは、組織対応の課題となる4つの壁があるからです。自分には関係ないという「他人事の壁」、興味がないという「無関心の壁」、今じゃないという「保留の壁」、動けないという「行動の壁」です。なぜそうなるのかというと「組織の縦割り」「視座の違い」「価値観の異なり」が壁を生み出す原因になっているからです。これは規模の大小に関わらず、どんな組織でも起こりうることなのです。

「組織の縦割り」では、部門が違うという理由から無関心、他人事になりがち、ということがあります。あるいは、カーボンニュートラルの2050年という目標に対し、現場には今期、来期という目の前の目標があるため、今じゃなくていいという「視座の違い」もあるでしょう。また「価値観の異なり」というのは、経営層が省エネを呼びかけても、給料が上がるわけでもない社員には魅力のない話であり、逆に脱炭素の推進部が設備更新を提案しても、コスト増に繋がると考える経営陣が難色を示すこともあります。こうした組織対応の課題にどうアプローチするかというと、まずは社内の協働を進めていく必要があると思います。たとえば、若手や現場部門との対話の機会を設けて、社内における意思疎通を迅速に進められるようにするのもいいでしょう。

Q4. 社内で協働するポイントを教えてください。

重要なのは、行動変容を促すための仕組みづくりです。それには、プラットフォーム、コミュニティ、目的という3つの要素が必要で、まずはプラットフォームをつくり、そこに集うコミュニティを形成し、共通する目的をコミュニティに提示します。

組織にあてはめて考えてみますと、まずはプラットフォームとなるべき自社の事業や製品、SNS、ホームページなどを考え、そこに脱炭素との接点を見つけていきます。コミュニティとは、それを使う顧客や社員、取引先などステークホルダー全般を指します。それに対する目的とは、脱炭素の理念やビジョンになりますが、そこには「楽しそう」「面白そう」と思えるような、誰もが共感するキーワード、共通の目的を盛り込むのがポイントです。それが行動変容の最初のきっかけとなります。楽しさや面白さが、組織の壁を乗り越えるきっかけになると考えています。

Q5. 脱炭素の目的に「楽しさ」「面白さ」を取り入れるのはユニークなアイデアですね。ご自身の取組を例にお話いただけますか?

なぜ楽しさや面白さが必要かといえば、「楽しさ」「面白さ」という要素がないと人の行動は変わらない、ということなのです。もちろん、温暖化対策としてカーボンニュートラルを進めるのは「正しい」ことですし、省エネでエネルギーコストを削減するのは「得する」ことでもあります。しかし人は、「正しさ」や「得する」理由だけでは動かないのです。脱炭素、カーボンニュートラルというよくわからないことに一歩踏み込んでみようと思うには、「楽しさ」や「面白さ」というきっかけが必要です。「楽しさ」や「面白さ」は自分事にするキーワードであるとも思います。

事例としては、セミナーでも触れた「ボードゲームdeカーボンニュートラル」についてご紹介したいと思います。これは脱炭素について学ぶ研修ツールとして開発したものですが、参加者は電力会社、自動車メーカーなど6つの職業に分かれてゲームを進めていきます。6人を一つの国と仮定し、各自が事業を進めるなかで温室効果ガスを排出、あるいは吸収することで、国全体の排出総量とGDPも増減します。自分のアクションが国や他の人の排出量に影響を与えることもあり、カーボンニュートラルを自分事として捉えることができるようになっています。これを行動変容の仕組みにあてはめてみると、ゲームがプラットフォームになり、参加する人達がコミュニティにあたるわけです。参加者は、ゲームという「楽しさ」「面白さ」の要素を入れたカーボンニュートラルの目的に向けて行動することになります。どうやったら排出量を減らすことができるのか、目標達成に向けて参加者同士が話し合いをすることも大事です。

Q6. セミナーで触れていた「カーボンニュートラルをかわいく発信するプロジェクト」にも面白さを感じます。こちらについてもご説明いただけますか?

これは芦屋市と武庫川女子大学経営学部の連携事業で、今年度開始している「カーボンニュートラルをかわいく発信するプロジェクト」に、私は芦屋市のカーボンニュートラルアドバイザーとして参加しているものです。「かわいい」には見た目の可愛さだけではなく、魅力があることや、小さくて美しい、守り慈しみたい、という意味が含まれています。ゴツゴツして扱いづらい印象の脱炭素に親しみがもてるよう、かわいくなるアイデアを学生に出してもらい芦屋市長に提案しようというプロジェクトで、この秋にスタートされています。

出典:武庫川女子大学 実践学習ガイダンス資料

脱炭素をかわいく発信するなんて冗談のように聞こえるかもしれませんが、「かわいい」というのは日本独自の言葉であると同時に、今では世界に通じる日本文化としても認識されています。ここで伝えたいのは「かわいい」に代表される日本の文化や哲学を、誰もが共感するキーワード、共通の目的として打ち出すことなのです。「かわいい」じゃなくても、たとえば「ZEN=禅」でもいいわけです。

つまり、脱炭素の捉え方のなかに日本人が共感する要素や価値観を取り入れることが大切だということです。それが世界に通じる日本の価値観の発信=「共感」で、この”共感をどのように設定するか?”にはセミナー内で少しお話したデザイン思考・アート思考が役立つのではないかと思います。

Q7. 最後に、東京都が進めるHTT実践推進ナビゲーター事業のご感想と、脱炭素経営をめざす中小企業の皆さんへメッセージをお願いします。

行動変容の仕組みづくりの話でいえば、このHTT実践推進ナビゲーター事業は東京都がつくるプラットフォームの一つであり、そこに集まる中小企業の方々はコミュニティにあたるわけです。中小企業の方々はコミュニティの参加者として、共通目的である脱炭素に取り組んでいることになります。しかし、今の目的は単に脱炭素ですから、組織に持ち帰っても共感を得にくいものになっているかもしれません。そうであれば、そこに面白さや楽しさなどの要素を盛り込みつつ、共感を得られる目的に作り替えていけばよいのです。

たとえば、東京都×中小企業×学生で、脱炭素に日本の価値観をのせて世界に発信するのも面白いと思いませんか。学生は頭が柔軟ですから、私たちにはないユニークなアイデアを出してくれると思いますよ。中小企業も学生も都民も、東京都という大きなコミュニティの一員であることに違いはありません。ならばもっと楽しく、面白く、一緒に2050年のカーボンニュートラルを目指していただきたいと思います。