昔からのやり方を疑う目も必要
働き方改革でより踏み込んだ省エネ対策を

昔からのやり方を疑う目も必要
働き方改革でより踏み込んだ省エネ対策を

ピコットエナジー株式会社 代表取締役
ゼロエミッション経営推進相談員
田村 健人(たむら たけと)氏

脱炭素経営「事例からみる進め方のポイント」

2024/10/24

東京都のゼロエミッション経営推進相談員として、多くの企業の脱炭素経営をサポートする田村健人さん。2度目のご登壇となるセミナーの内容を振り返りながら、・・・

東京都のゼロエミッション経営推進相談員として、多くの企業の脱炭素経営をサポートする田村健人さん。2度目のご登壇となるセミナーの内容を振り返りながら、脱炭素社会に向けた国内外の動きや、省エネの進め方についてお話を伺います。

Q1.田村さんは東日本大震災を機に省エネコンサルタントとして独立されたそうですが、震災後13年を経て、エネルギー問題に対する日本企業の意識に変化を感じますか?

震災後は電気料金が大きく上昇したため、コスト削減に注視して省エネや再エネ導入に取り組む企業が多かったように思います。それに加えて今は、取引先や市場のニーズに応えようと、温室効果ガス削減を念頭に取組を始めるケースが増えていて、目的意識が変わったと感じています。照明のLED化や空調の更新なども震災を機に進みましたが、ほとんどの場合、省エネの活動はそこで終わっていました。いまはその先の取組として、働き方改革や生産性の向上によるCO2削減など、より深く踏み込んで省エネ対策を進める傾向にあります

また、震災後は再エネを活用してエネルギーの国内需給を高めていこうという流れがあり、太陽光発電の導入も一気に進みましたが、当時は作った電気を売って利益を得ようという考えが中心でした。しかし、不安定な国際情勢によりエネルギーの安定供給が危ぶまれている昨今では、売電で利益を得るというより、自前で発電してエネルギーを安定的に確保しつつ、CO2削減にも貢献したい、という考えが主流になっています。

Q2. 欧州の動きはいかがですか?


欧州においては、2019年に発足した新欧州委員会により、2050年までにカーボンニュートラル達成を目標とする「欧州グリーンディール」が打ち出されています。これは、環境問題の枠を超え、脱炭素を経済、社会のあり方を変える多面的戦略として位置づけるもので、欧州市場でビジネス展開する企業にも影響が及ぶと考えた方がよいでしょう。

たとえば2023年10月からは、EU炭素国境調整メカニズム(EU CBAM)※1という制度が始まっていて、これは気候変動対策が不十分な国からEUへの輸入品に対して炭素課金を行うものです。EUの企業は炭素税を払う厳しい環境でCO2削減努力をしているわけですから、EUの市場で商売をする企業にも同等の努力を求められる、ということです。つまり、炭素価格が上乗せされたEUの商品と、炭素価格が含まれない安価な輸入品の不公平を改善する仕組となっています。そのほか、バッテリー製品のライフサイクル全体のCO2排出量の算定を求める欧州電池規則※2がスタートするなど、欧州では世界に先駆けた取組が進められています。

※1 EU炭素国境調整メカニズム(EU CBAM) https://taxation-customs.ec.europa.eu/carbon-border-adjustment-mechanism_en
※2 欧州電池規則 https://environment.ec.europa.eu/topics/waste-and-recycling/batteries_en

Q3. 日本の炭素税についてはどうでしょうか。欧州との違いは?

炭素税とはCO2の排出量に応じて課せられる税金で、日本では地球温暖化対策税といって2012年から導入されています。日本の場合は、2014年、2016年と3段階に分けて税率が引き上げられ、現在はCO2排出量1tあたり289円が課せられています。それに対して欧州では、スウェーデンの場合で約15,000円、ノルウェーは約6,900円、フランスは約5,900円と、1tのCO2排出に対してこれだけ多くの税金が課せられています。

欧州に比べると日本はかなり低い税率ですが、2028年には炭素税の本格導入が予定されています。税率が気になるところですが、政府は脱炭素社会実現のため官民合わせて150兆円の投資を見込んでいて、そのうち国が30兆円、民間から120兆円を集めて実現することになっており、炭素税がその原資ということになります。ざっとした計算ではありますが、投資額の150兆円を2021年から2050年までに排出が推定されるCO2総排出量で割ってみると、8,842円になります。つまり、CO2排出量1tあたり8,842円の炭素税になるのでは、と想定されるような試算もできます。

Q4.日本のカーボンニュートラルの施策や、企業の脱炭素対策に新しい動きはありますか?

温室効果ガス排出量の見える化や、補助金による設備投資の促進などが加速していますが、新しい動きとして注目されているのがグリーン製品市場の創出です。ここに関わってくるのが、セミナーでもお話ししたカーボンフットプリントですね。カーボンフットプリントは、原材料調達から製造、利用、廃棄、リサイクルに至るまで、製品のライフサイクル全体で排出されるCO2の量を見える化する仕組みです。排出量の表示方法の策定やグリーン製品の調達を推進することで、環境負荷の少ない製品が選ばれる市場を創り出そう、という動きが始まろうとしています。実際、東京都中小企業振興公社でもカーボンフットプリントについてのご相談が増えていて、新製品の開発にあたりCO2排出量を知りたい、というお問い合わせも多くあります。

ある衣料品メーカーでは、古着をリメイクしたTシャツをつくりCO2排出量を見える化したところ、売上向上に繋がったという例もありました。この場合、廃棄される衣料であれば原材料のCO2排出はゼロ、ということになります。そこに、古着の裁断や縫製時にどのくらいエネルギーが必要か、販売やサービス提供でどのくらいCO2が発生するのか、それぞれの数値をのせて計算していきます。このように、カーボンフットプリントに対する問い合わせが増えているのが以前と違うところですね。製品やサービスを開発するにあたり、どれだけのCO2インパクトがあるのか知りたい、環境負荷を減らしたいが商売として成り立つのか、そういう脱炭素の観点で事業を進める企業が増えてきていると感じています。

Q5.中小企業が省エネに取り組むときに留意することはありますか

省エネは照明や空調設備を更新したら終わり、そう考える方が多いかもしれませんが、それだけではないのです。先ほども少し触れましたが、昨今は働き方改革や生産性向上によるCO2削減など、より踏み込んだ省エネ対策が求められています。つまり、いま使っているエネルギーは本当に付加価値を生み出しているのか、疑ってみることが必要なのだと思います。例えば、慣習的に作り続けている紙の資料は本当に必要なのか? データ化して共有すれば時間もエネルギーも減らせるのではないか?などと仕事のルーティンを見直してみることも大切です。

そういう観点からすると、オフィス内でもいろいろな省エネ方法が考えられるのではないでしょうか。もちろん、企業ごとにさまざまな課題があるでしょうから、その課題を解決しつつ、コンパクトな仕事で利益に繋がる仕組みを作るのがポイントになると思います。また製造業の場合も、昔ながらのやり方が本当に最適なのか見直してみると、意外な省エネポイントの発見があるものです。これはパン屋さんの例ですが、パンを均一に焼くため1時間も前から釜に火を入れていたのですが、最近の釜は予熱時間がさほど必要ではなく、20分、30分前に火入れすれば良かった、という話もありました。この場合、1日あたり30分から40分の熱量を削減できます。こうして昔ながらの製造法を見直すだけで、大きな省エネ効果が得られたケースもあります。


Q6. 東京都が進めるHTTの取組についてはどうお考えですか

HTTとは、エネルギーを「へらす」「つくる」「ためる」という取組ですが、この言葉の並び順にも意味がありまして、まずはHの「へらす」が重要なのです。無駄な電力を使い続けたままTの「つくる」をすれば、無駄なエネルギーを生み出すことになるからです。まずは事業活動の無駄を省いて使うエネルギー量を減らしてから、それに見合った電力をつくろう、ということです。次に、つくった電力のうち余った部分を「ためる」という流れになります。

なかには、CO2ゼロの再エネ電力を買ってお金で解決、と考える事業者様もおられますが、単にエネルギーコストが嵩むだけで、それ以上先に脱炭素の取組が進まなくなってしまいます。もちろん、再エネ由来の電気へ切り替えることはよいのですが、何より、自社の事業活動でCO2の排出削減に取り組むことにこそ、脱炭素経営の意義があると私は考えています。HTTは気候変動対策であると同時に、中長期的にエネルギーを安定確保する目的もあります。日本の首都である東京が将来にわたって安定的に活動を続けていくため、サステナブル社会として次世代へ繋げるためには、都内企業の99%を占める中小企業の皆様の力が必要不可欠なのです。

Q7. 脱炭素経営をめざす中小企業の皆さんへのメッセージをお願いします

省エネというのは、やりようによっては思いのほか効果があるものですが、昔ながらのやり方にこだわってしまい、先に進めずにいる事業者様も多く見受けられます。新しい考え方を受け入れられるかどうか、そこが事業成長の分かれ道になることも。そういう意味では、若い方の意見を取入れながら進める柔軟性も大切ですね。とはいえ、長く続けたやり方を変えるには、組織内の力だけではやりづらいこともあろうかと思います。

そのようなときは、第三者の客観的な視点を取り入れることで、思いも寄らない解決策が見つかることもあります。東京都にはさまざまな相談窓口が用意されていて、HTT実践推進ナビゲーターや、中小企業診断士などの専門家が皆様の疑問や質問にお答えしています。ぜひ一度、相談窓口へ足を運んでみてはいかがでしょうか。