一般社団法人 東京都中小企業診断士協会
大東 威司(おおひがし たかし)氏
東京都のゼロエミッション経営推進マネージャーとして、中小企業の脱炭素経営をサポートする中小企業診断士の大東威司さん。前回のご登壇から約2年の時を経て、国内外の情勢や中小企業にはどのような変化があったのか、脱炭素の今について伺いました。
ニュースでも伝えられているように、国外の動きはドラスティックに変化していると思います。欧米は政権の変化によって自国主義に向かっていることから、気候変動対策の動きが停滞するのではないかと、危惧される方も多いようですね。しかし、それだけ世間の目が気候変動問題に向いていることの表れでもありますし、脱炭素の動きは止まらないとみています。一方、国内では12月に第7次エネルギー基本計画の原案が発表されました。エネルギー基本計画というのは3年ごとに見直しをされていますが、ようやくここまで来た、という思いです。今回のトピックは、2040年の電源構成について再エネが占める割合を4〜5割としたこと。再エネの内訳としては、太陽光が22〜29%とされ、第6次の14〜15%から倍増したとの見方です。日本も今後は再エネに大きくシフトすると見ていいでしょう。
また東京都や川崎市については、2025年4月から太陽光発電設備義務化の制度がスタートします。これは一定規模以上の事業者が供給する新築住宅を対象としたもので、太陽光発電設備の設置、断熱・省エネ性能の確保等を義務づける制度となっています。改正された建築物の省エネルギー法も2025年から施行となり、原則として全ての建築物に対して省エネ建築基準への適合、つまり断熱が義務化になります。これを受けて、2025年からは再エネや省エネ設備の導入がかなり進んでくると思います。
中小企業の脱炭素への意識は明らかに変化しています。東京都では2022年から東京都中小企業振興公社が「ゼロエミッション実現に向けた経営推進支援事業」を行っており、私も当初からゼロエミッション経営推進マネージャーとして携わってまいりました。
正直に申しますと、最初の1年間は中小企業の皆様の反応や動きは低調であったのですが、この1年で非常に活発になりました。Scope1、2、3についても、当たり前に会話に出てくるようになり、SBT※1の認知度が高まっていると感じます。クール・ネット東京で行っている省エネ診断は申込みが殺到している状態です。脱炭素の意識が浸透してきたと同時に、多くの中小企業において設備更新の時期が迫っている状況もあるようです。内部留保で積み上げた資産の投資先として省エネに関わる設備を選択しているという背景もあるでしょう。東京都にはさまざまな助成金などの支援策がありますから、脱炭素を機に経営改革に取り組むいいタイミングだろうと思います。
>>HTT実践推進ナビゲーターへのご相談はこちら
>>詳しい支援策を知りたい方はこちら
※1 SBT Science Based Targetsの略。パリ協定が求める気候変動対策の水準と整合した温室効果ガス排出削減目標のこと。
参考「TCFD、CDP、SBT、RE100 カーボンニュートラルのイニシアチブ、どこがどう違う?」
取引先から具体的に要請された、という話はまだそれほど聞いていないですが、気配を感じている事業者様が多いようですね。そのため、先手を打って始めるべきか、脱炭素経営が会社にとっての優先課題かどうか、逡巡している方もおられるかもしれません。しかし、取引先から差し迫った要求がないとはいえ、実際に来てから対処しているようでは遅いのです。省エネ診断もいまや3カ月待ちの状況ですから、取引先から要請があってから申し込んでも回答が遅れるばかりです。対応が遅れ、気候変動対策への意識が低い企業と判断されれば、取引を打ち切られる恐れもあります。つまり、要請があった時にはすでに「取り組んでいます」と回答できる状況にしておく必要があるということです。脱炭素化を取引条件とする大企業が増えていますので、先んじて取組を進めることでバリューチェーン、サプライチェーンにおいて競争力を発揮できるのではないでしょうか。
SDGsの活動についてはよく公表されるようになりましたが、すでに当たり前の時代です。昨年、一昨年ぐらいなら話題性もありましたが、いまでは遅きに失する感じですね。そういう意味では、セミナーでもお話ししたCFP(カーボンフットプリント)※2を通じたCO2排出量の製品表示は先進的な取組だと思います。従来製品と自社製品を比較して、具体的な数値で脱炭素に寄与する製品であることを訴える効果は大きい。これも時が経てば当たり前になってしまうので、早く取組むことにメリットがあります。そのほか、物価上昇も無視できません。省エネ設備についても、原材料の高騰が予想されますから、資金があるのならすぐに取りかかった方がいい。不安定な世界情勢を背景としてさらなるエネルギー高騰も懸念されますから、設備更新で少しでも早くエネルギーコスト削減のメリットを享受すべきだと思います。
※2 CFP Carbon Footprint of Productの略語。製品やサービスの原材料調達から廃棄、リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出されるGHGの排出量を製品に表示する仕組み。
基本的には事業計画であり、そこに脱炭素の要素を入れて考えるということです。つまり、CO2排出量の削減方法を考えることで利益に繋げる、新しいビジネスチャンスとして捉えます。これは脱炭素経営を考えるうえでとても大切なことなのです。もうひとつ、どのような未来像を目指すのかゴールのかたちを考えて公表することも重要です。そこから逆算していつまでに何をすべきかロードマップを作成していくわけです。ロードマップのヒントとしては、国や東京都の目標と合わせてゴール地点を2030年、2050年として考えるのがわかりやすい。ただし多くの大企業は目標を前倒しにして考えていて、たとえば日本の最大手である通信会社は10年前倒しにして2040年を目標達成年としています。つまり、取引している企業もそこに合わせる必要がある。サプライヤーとしては一刻の猶予もないわけです。
大田区にある伝統的な板金製造の企業ですが、埼玉県にある工場でスマートフォン用の精密機械装置を製造しており、事業売上の多くを占めています。その埼玉県の事業所で待機電力を調べてみたところ、パソコンとモニターだけで10数万円もロスがあることがわかりました。待機電力で消費している金額が見えたことでCO2削減に取り組むモチベーションが高まり、空調の更新から太陽光発電の導入まで、最終目標を目指す脱炭素化のロードマップの策定に繋がりました。具体的な数値をみて現状把握することで、成果をあげるための対策が見えてくるという好例ですね。
実はこの会社、すでに再エネ電気を購入していたため、電力に関するCO2排出量はゼロなのです。あとはガスだけなので計算上のCO2排出量だけをみるとかなり少ないのですが、社長が「実際は電気を使っているのに変だ、納得できない」と仰って。再エネ電気を買って終わり、と考える企業もあるなか、脱炭素の意義を捉えた素晴らしい考えだと思いました。
古き良き物は残しつつ、新しく便利な物は取り入れて、東京都の未来像をどう描くのか。サステナブルな都市、東京を次世代へ繋ぐために、中小企業としてどのように貢献していくのか、考えてみるのもいいでしょう。2030年、2050年、世界に誇る未来の東京をつくりあげるには、企業数の99%を占める中小企業の力が欠かせないのです。
中小企業に適した脱炭素に関わる新しい方向性を自ら創り出す、そういう考え方もあります。制度や規制は上から降ってくるイメージがありますが、我々が声をあげれば変わるのだ、ということもお伝えしたい。建築物省エネ法も、署名運動で実現したものなのです。新しい流れをつくるのに資金が必要であれば、それを要求することもできる。我々は中小企業診断士という立場から、企業の皆様からいろいろな要望や悩みを聞いていますので、それをまとめて東京都に伝えることもしています。脱炭素社会はすぐ目の前に迫っています。新たな市場で優位性を確保するため、少しでも早く、脱炭素経営の一歩を踏み出してください。
【前のページに戻る】