公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)自然保護室(気候・エネルギー)
市川 大悟(いちかわ だいご)氏
国連のグテーレス事務総長が「地球温暖化から沸騰化へ」と警告を発したのは、史上最も暑い夏と言われた昨年の7月。その記録を塗り替え、この夏すでに日本の平均気温は過去最高に達し、気象庁は“126年間で最も暑い7月”と発表しました。今や待ったなしの状況にある気候変動の将来予測と脱炭素化の取組について、セミナーで解説してくれたのはWWFジャパンの市川大悟さん。プラントエンジニアの経歴を持つ市川さんに、再生可能エネルギー導入による脱炭素化の道筋について伺いました。
昔より暑くなった、雨が多くて大変だ、という声がよく聞かれますが、今やそのようなフェーズではないのです。社会環境を根こそぎ変えるような大きな変化が、すぐそこまで迫っていると考えていただきたい。極端な高温現象だけでなく気象状況が変わり、台風の強度や、豪雨が増えているのは皆さんも肌感覚でわかると思いますが、もうひとつ、気候変動で大きな問題となるのが海面上昇です。1971年までの上昇率は年に1.3㎜でしたが、以降2006年までの間は1.9㎜、2018年までの間では3.7㎜と、3倍くらいのスピードで海面上昇が進んでいます※1。温暖化が急速に進むと海面水位が今世紀末までに1メートル以上も上昇するというシミュレーションもあり、沿岸部のインフラや経済活動へも大きな影響が出ると考えられています。
※1 日本沿岸の海面水位の長期変化傾向/気象庁
https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/shindan/a_1/sl_trend/sl_trend.html
日本は2030年までに温室効果ガス46%削減という目標を国連に提出しており、その目標は簡単に取り下げることはできません。つまり、政権交代や時代の流れで気候変動対策の動きが止まるようなことはないということです。脱炭素の主な政策としてあげられるのが、昨年の7月に閣議決定されたGX(グリーントランスフォーメーション)推進戦略です。ロシアによるウクライナ侵攻以降はエネルギーの安定供給が大きな課題となり取組が加速していて、国は一昨年の経済財政諮問会議でGXを重要施策に位置づけ、いわゆる成長戦略としても重要とお墨付きを出しました。続くGX実行会議で半年間議論されて、基本方針の策定、国会でも法律が立て続けに成立し、2ヶ月後にはGX推進戦略が確定しました。1年経たずに構想から法制化、戦略策定まで進むことはあまり例のないことです。それほど国が力を入れていることの証といえるのではないでしょうか。
民間ではどの程度の動きがあるのかというと、日経平均構成銘柄企業225社のうち約50%がSBT認定※2を取得、あるいはコミットしています。世界においても日本企業の認定・コミット数はトップクラスとなっていて、イギリスに次いで2位。なかでも中小企業の動きが顕著で、世界全体では大企業が6割を占めるのに対して、日本では中小企業が圧倒的に多く70%強を占めています(令和6年7月8日時点)。
※2 SBT認定
SBTとは、企業が環境問題に取り組んでいることを示す目標設定の一つ。2015年のパリ協定で定められた「2℃目標」や「1.5℃目標」を目指し、温室効果ガスの排出削減目標を策定した企業に認定が与えられます。
WWFでは、2050年にGHG排出ゼロを実現する道筋として、どのくらいの再生可能エネルギーが必要なのかを可視化するためシナリオを作っています。数字が大きすぎてピンとこないかもしれませんが、2050年までに約4億kWの太陽光が必要と試算しています。いま国内の原発が約3000万kWですので、原発の約13倍の設備容量を太陽光で作る必要があるということです。さらに風力は約1億5000万kW必要で、風車の数でいうと2万本、3万本が必要になります。
シナリオでは、2050年に人口や産業構造がどうなるのか仮説を立てたうえで、今必要なエネルギーを100として将来は80になるのか、120になるのか、エネルギーの必要量を予想しています。まずは省エネでどの程度のエネルギー量を減らせるか試算すると、既存の省エネ機器を使用した場合でも6割程度削減できるとみています。実はけっこう大きく減らすことが可能なんですね。残り4割を再生可能エネルギーでまかなう場合の電力設備量がいまお話しした数字です。太陽光で4億kWというのは、大体いまの国内の太陽光設備の6倍ぐらい。風力の1億5000万kWは現在の風車の約30倍弱が必要になります。途方もない数字ですが、それだけ増やさないと2050年の脱炭素社会は実現できないということです。国が再生可能エネルギーの導入を急ぐ理由はここにあります。
※3 「脱炭素社会に向けた2050年シナリオ2024年版」/WWFジャパン
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/5667.html
可能にしなければならないと考えています。プラントエンジニアであった私にしてみれば、桁違いに大きく野心的な数字であることはわかっています。しかしそれができないのであれば、原発をつくって最終処分場も用意するという、何十年も解決できていない問題に取り組む必要があるということになります。そもそも、原発をつくるにも時間が足りません。気候変動対策は待ったなしの状況ですから。ならば、再生可能エネルギーの導入をすすめるしかない、それがこのシナリオの言わんとするところでもあります。
ひとつは場所の問題です。公共施設の屋根など、国内にも設置可能な場所はたくさんあるのですが、建物の耐荷重や契約上の課題があるんですね。また公共施設等に建てるにしてもコスト面の課題があります。パネル自体の価格はずいぶん下がってきていますが、日本の場合は施工費が高いこともあります。小規模の場合や自家消費以外(電気を使う場所から離れた場所で設置する)場合には、費用対効果の面でメリットが少なくなるケースもあり、導入が進まないという実情もあります。
こうした事情をふまえて導入場所を探すと、もっともポテンシャルがあるのが農地になるんです。農地に2、3メートルの支柱を立て、その上にパネルを載せて、作物に必要な日照の分だけ隙間をあけて設置するので営農も可能です。太陽光による発電と農業と、土地を二重に有効活用することからソーラーシェアリングと呼ばれています。また、後継者がいない荒廃農地の再利用という観点からも、SDGsの課題解決に繋がるのではと期待されています。WWFもソーラーシェアリング推進に向け、実例を作るためのパートナーを探しているところです。
>>東京都の支援策を見る
事業所などに直接設置できるスペースや躯体があれば言うことなしですが、そうでなくとも郊外にある工場や事業所の近くに農地があれば、農業者とコラボしてソーラーシェアリングを始めることも考えられます。たとえば、隣接する農地にパネルを設置して発電すれば、送電線に繋ぐことなく、ダイレクトに工場に電気を持ってくることも可能です。その場合、産業用で購入している電気より安くなる可能性があります。また、協力金などで地域に還元する仕組みをつくれば、協力してくれる農業者も出てくるかもしれません。郊外にある事業所であれば、屋根の上だけでなくそういう形で導入することも考えられますね。
都心部で設置場所がない場合はオフサイトPPAを利用する方法もあります。発電事業者が離れた場所(オフサイト)で作った電力を需要地まで送電してもらい買い取る仕組み(契約)で、事業所に発電設備を設置しなくても再エネ電気を使うことができます。ただし小規模事業者で使用電力が少ない場合、託送料金(送電の費用)が割高になり、十分なメリットが得られないケースもあります。ただ最近では、その解決策も模索されています。セミナーでもご紹介した「氷見ふるさとエネルギー」の事例のように、商工会議所、クリニック、木材加工会社など何社かが寄り集まって、離れた発電所の電気を共同購入するケースもあります。多くの中小企業が集まって共同購入すれば、オフサイトPPAも低コストで利用できる可能性があるということです。
脱炭素経営を一時的なブームやトレンドのように捉えていると、取組は成功しないと思います。20年、30年先の将来を見越した成長戦略として本気で取り組む必要があります。今後は金融機関や投資家が投資判断をする材料として、脱炭素経営は大きなウェイトを占めるようになるでしょう。
トップの方には何よりまず、気候変動問題に対する危機感を持っていただきたいのです。脱炭素化を実現できずこのまま温暖化が進み、海面上昇や豪雨による洪水等が発生すれば、甚大な被害を被るのは他でもない首都圏です。東京都を拠点にビジネスを展開しているなら、一層のこと危機感を持つべきではないでしょうか。東京都は支援策も多く取り組みやすいですし、手を差し伸べる大企業もいるはずです。どの都市より脱炭素経営のチャンスがありますので、勇気を持って取り組んでいただきたいと思います。
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