
有限監査法人トーマツ サステナビリティ開示アドバイザリーグループ
マネージャー 松永 隼太(まつなが はやた)氏
プライム上場企業を対象として、日本のサステナビリティ情報開示基準であるSSBJ(Sustainability Standards Board of Japan サステナビリティ基準委員会)の義務化が始まります。この開示規制によって「サステナビリティ課題は経営戦略の中心となった」と語るのは、監査法人トーマツの松永隼太さん。情報開示の最新動向を教授いただいたセミナーを振り返りながら、サステナビリティ情報開示の意味と中小企業が取るべき対応について伺いました。

現在はトーマツに在籍しておりますが、以前は、エコアクション21という環境省が定めた中小企業向けの環境経営システムの事務局に長く務めておりました。その当時より、サプライチェーンの脱炭素化に向けて、多くの中小企業様の支援をさせていただいております。とはいえ正直に申しますと、当時の日本企業はまだ、脱炭素経営のドライブがかかっていない状態でしたね。その後は大手の建設・不動産会社に入りまして、脱炭素経営を推進する部署を一から立ち上げて取組を進めてまいりました。
その間、2015年にはパリ協定が採択され、2020年には菅首相がカーボンニュートラル宣言を行い、日本社会も一気に気候変動対策に動き出しました。あの時が、日本企業の脱炭素経営に対する意識が変わった転換点だったと思います。在籍していた建設会社でも取組が進んで、一定の評価を得られたこともあり、脱炭素社会推進のフロントラインに行きたいと考え、サステナビリティ開示のスペシャリストとしてトーマツに入りました。
そもそもサステナビリティ情報とは何なのか、そう思われる方もいらっしゃると思います。企業の経営状態を把握するための情報には、まず財務情報がありますね。貸借対照表や損益計算書などの財務諸表を用意する必要があり、これは大企業も中小企業も同じです。
一方でサステナビリティ情報には、環境面では気候変動(脱炭素)や、水資源、生物多様性などが、社会面では従業員の健康や安全、多様性など、ガバナンス面では企業文化の醸成や汚職・贈収賄防止などのテーマがあります。これらはみな、企業のリスクであって、資本家が長期的な経営状態を把握する重要な情報になります。かつてはさほど重要視されてこなかったのですが、今は財務情報と合わせてサステナビリティ情報を開示することで、本当の企業価値を示す必要があると考えられるようになりました。つまり、この両方がないと、本当の意味での企業価値が計れない、ということです。
先ほどお話した環境、社会、ガバナンスに着目して投資することをESG投資といいますが、ESG投資の重要性が高まるにつれ、世界には数多くの開示基準が乱立し、投資家も企業も何を参考にすればよいのかわかりにくい状態にありました。

そこで世界共通のグローバルベースとなる基準を開発する組織として、2021年に設立されたのがISSB(国際サステナビリティ基準審議会)なのです。TCFDやGRI※2など、世界にはさまざまな情報開示の枠組や基準がありますが、これらは互換性が整理されながらISSBに統合されていきます。
それまで拡散し続けてきた基準が集約して、ISSBに一本化されたということです。このISSBによるグローバルベースラインをもとに、各国が自国の情報開示規制を策定、導入を進めているところです。日本においては、SSBJが設立され、ISSB基準をベースに日本の開示基準の策定が進められ、2025年の3月に正式公表されました。
※1 TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)気候関連財務情報開示タスクフォース
参照「TCFD、CDP、SBT、RE100 カーボンニュートラルのイニシアチブ、どこがどう違う?」
※2 GRI (Global Reporting Initiative)企業がサステナビリティに関する情報を報告するための基準
SSBJは3つの基準でできていて、「適用基準」という全体のルールを決めるものがあり、その下に何を開示すべきかを示した基準が2つあります。ざっくりいいますと、気候を扱うテーマに特化した「気候関連基準」と、それ以外のサステナビリティテーマを扱う「一般基準」になります。ここでは、脱炭素経営に関わりのある「気候関連基準」についてお話しますが、ガバナンス、リスク管理、戦略、指標及び目標という4つの枠で開示することになっています。まず戦略ですが、最初から最後まで、「リスクと機会」という言葉が使われています。要は、あなたの会社には気候関連についてどんなリスクと機会があるのですか、と問いかけているのです。
具体的には、気候変動であなたのビジネスは変わりますか、バリューチェーンのどこにリスクが集中していますか、どのような財務的影響がありますか、というようなことを聞かれます。投資家は開示された情報によって企業の中長期的な成長を判断する、ということです。
つまり、開示規制によってサステナビリティ課題は経営戦略の中心となり、資本主義社会に組み込まれる黎明期を迎えたということです。お伝えしておきたいのは、大企業にとってリスクと機会との関係があいまいな脱炭素戦略や目標、実現の可能性に乏しいGHG削減計画では、投資家などのステークホルダーに対する説明責任を果たせなくなり、自社の企業価値を損なうということです。

日本企業に浸透してきた温対法※3ではScope3の算定は求められませんが、SSBJではScope3を含めたサプライチェーン全体の排出量開示が義務化されています。事業全体の排出量に占めるScope3の割合は非常に大きいですから、サプライチェーン全体でみなければ本当の意味の削減はできない、ということです。日本のトップ企業にこうした情報開示の規制がかかってくるということは、そのサプライヤーである中小企業にも対応が求められることは容易に想像できるでしょう。
大企業のサプライチェーンを構成する中小企業は、まず自社のScope1と2の排出量の算定に取り組むことが重要です。サプライヤーから排出量の一次情報を得られなくても、環境省が公表する2次情報(統計データや業界平均値)を使えばScope3の概算はできるのですが、この算定方法ですと、大企業側は自社の削減努力が算定結果に反映できないわけですから、サプライヤーに一次情報を出して欲しいのが本音です。つまり、中小企業は大企業が求める一次情報を用意しておくことが、サプライヤーとして選ばれる第一歩になる、ということです。
※3 温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)
参考:「省エネ法」「温対法」、そして「建築物省エネ法」が改正!私たち中小業が受ける影響とは?
大企業のサプライチェーンは広範囲ですから、各社が脱炭素化に本腰を入れるとなると、資本主義社会の流れが大きく変わってくると思うのです。中小企業はどのように対処すべきかといえば、まずは自社の排出量を把握して一次情報を提供できるようにしておくことが重要です。

また、大企業のサプライチェーンの削減目標にあわせて、サプライヤー側にも同等の削減目標を求められることが考えられますので、取引先大企業が開示した情報を注視して、どのような戦略をもって取組を進めているのかを把握しておくことが肝要です。
取引先大企業の脱炭素戦略を、自分事として捉えて自社の戦略を考えるのが良いでしょう。取引先がどんな戦略を持って、何をリスク視しているのか、開示情報から読み取ることが大切なのです。相手が何を求めているかわからなければ、商売なんてできないですよね。世界、日本、大企業ともに、目指す目標は同じです。情報の土台はあるわけですから、中小企業もその目標にコミットしていくことが大事ではないでしょうか。
私事ではありますが、自宅の屋根には太陽光パネルを付け、オール電化にし、EV車に乗り換えてV2H※4も導入しています。使用する電気も家庭向けの再エネ電気のプランに切り替えるなど、自ら脱炭素の暮らしを実践しております。東京都ではHTTをスローガンに家庭や事業者の脱炭素支援の施策が充実していますので、都内で暮らす皆様や、事業者にもぜひ支援を活用して、脱炭素な暮らしや経営にチャレンジしてもらいたいですね。

中小企業への支援も手厚いのが東京都ですから、皆様も脱炭素経営を始めない理由はないと思っています。支援事業の数が多く戸惑われる担当者の方も少なくないと思いますが、企業ごとに最適な支援策へ導いてくれるのがHTT実践推進ナビゲーター事業です。脱炭素経営が当たり前になる前に、背中を押してくれる支援策があるうちに、勇気を持って一歩を踏み出してください。
※4 V2H (Vehicle to Home)EV車などに蓄電した電力を家庭でも利用するシステム
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