日本社会の脱炭素化の鍵を握るのは、
中小企業の脱炭素経営です

日本社会の脱炭素化の鍵を握るのは、中小企業の脱炭素経営です

エプソン販売株式会社 新ビジネス推進部 グリーンモデル推進
柴崎 崇(しばざき たかし)氏

脱炭素経営の実践のためのステップ

2025/9/26

エプソン販売株式会社が立ち上げた新部門「グリーンモデル推進」にて、中小企業の脱炭素経営の支援に携わる柴崎崇さん。中小企業が脱炭素経営を進めるステップを説いたセミナーを振り返りつつ、・・・

エプソン販売株式会社が立ち上げた新部門「グリーンモデル推進」にて、中小企業の脱炭素経営の支援に携わる柴崎崇さん。中小企業が脱炭素経営を進めるためのステップを説いたセミナーを振り返りつつ、プリンターメーカーの視点からオフィスでできる脱炭素、省エネのポイントについてもお話をいただきました。

Q1. 柴崎様は企業の環境対応を支援する専門家チーム「グリーンモデル推進」を率いておられるそうですが、活動の背景についてお話いただけますか。

日本では2020年10月のカーボンニュートラル宣言以降、国内の規制がどんどん進んでいる状態です。2021年のコーポレートガバナンス・コードの改訂に伴い、2022年にはプライム上場企業へTCFD※1というフレームワークを使った情報開示が義務化され、2023年にはGX推進法が成立、来年の2026年には温室効果ガス排出量取引制度の義務化が始まります。

うちは上場していないから関係ない、そうおっしゃる企業の方もおられますが、そうではないのです。たしかに規制の多くは大手企業が対象となっていますが、大手企業は自社の取組だけでは達成できませんので、サプライチェーン全体の取組が必須となります。取引先から要請がきて、何をしていいかわからず戸惑う中小企業が多いこともあり、社会全体の脱炭素を進める中長期的な課題解決としては、中小企業の取組を進めることが不可欠と考え、「グリーンモデル推進」の活動がスタートしました。

※1 TCFD Task Force on Climate-related Financial Disclosuresの略。G20の要請により2015年に金融安定理事会(FSB)が設立した、気候変動が企業活動に与える影響を情報開示する枠組。
参考「TCFD、CDP、SBT、RE100 カーボンニュートラルのイニシアチブ、どこがどう違う?

Q2. 脱炭素に関わる国内外の動きについて教えてください。中小企業には何が求められているでしょうか。

国内というより、国外からの影響が大きいと感じていまして、我々が支援する中でも海外の取引先の要請で困っている会社が圧倒的に多いのです。CDP※2やEcoVadis※3への回答や、SBT※4認定の取得など、国際的な評価機関への対応を求められる中小企業も少なくありません。特に今はEocVadis(エコバディス)の対応に苦慮される会社が多く、欧州の菓子メーカーと取引がある都内運送会社の例ですが、取引先からEcoVadisの回答要請が来たけれど、何が書いてあるかさっぱりわからないと、相談に来られました。

EcoVadisは、環境だけではなくESG全般について企業の活動をスコアリングする評価機関です。250行ぐらいある質問にExcelで回答するのですが、面倒なのは、エビデンスとなる書類提出も求められることです。対応するにはコストや人手も必要ですから、中小企業には負担になるかもしれません。

ただ、慌てないでいただきたいのは、日本企業の取組みでは比較的環境問題が遅れているため、まずは温室効果ガスの可視化、算定が主な対応となります。そういう意味でも、まずは温室効果ガスの可視化から始めましょう、というのが私の言いたいことです。可視化することで、次のステップも見えてきます

※2 CDP Carbon Disclosure Projectの略。国家や地域、企業、投資家などが環境リスクに対応するための情報開示システムのこと。

※3 EcoVadis  企業のサステナビリティパフォーマンスを評価、スコアリングする国際的な評価機関のこと。 
参考 https://ecovadis.com/ja/about-us/

※4 SBT Science Based Targetsの略。パリ協定が求める気候変動対策の水準と整合した温室効果ガス排出削減目標のこと。
参考「TCFD、CDP、SBT、RE100 カーボンニュートラルのイニシアチブ、どこがどう違う?

Q3. 中小企業にはハードルが高そうですが、具体的にはどのように対応すればよいですか。

特別なことをするというよりも、日頃から温室効果ガスの可視化、削減につとめ、取組を証明できる体制を整えておけばよいと思います。EcoVadisも健康診断みたいなもので、現状の点数はこれだから、スコアアップを目指して取組を進めましょう、というように、サプライヤーに現状把握してもらうことがコンセプトでもあるのです。

それに備えるためにも、scope1、2の算定はやっておきましょう、ということになります。エプソンもサプライヤーですので、いろいろなところから要請がきます。その内容を分析したところ、一番問われているのは自社のCO2排出量でした。ESG全体に関わる質問で一番多いのが、scope1、2を算定していますか、という質問なのです。最低限そこは押さえておかなければいけない。逆にそこさえ押さえておけば、様々な企業からの要請に対し自社は何もやっていないというレッテルを貼られることはないということでもあります。

Q4. エプソンはプリンターメーカーでありながらペーパーレスを推進しているそうですね。CO2排出量の削減にも繋がりますか。

そもそもプリンターのメーカーなので、紙の使用量が多かったという背景もあります。そのため、コロナが始まる1年前に紙削減プロジェクトというのを立ち上げたのです。紙は意外と環境負荷が高くて、製造から廃棄までで一枚あたり約7gのCO2を排出しています。これはどうにかしなければという機運になり、コロナ禍でデジタル化が加速した背景もあり、ペーパーレスを促進してまいりました。

進め方としては、全部署で文書をスクリーニングして、プリントする必要があるのか再考してみました。その結果、受注センターなどは約1200の帳票類を出力していたのですが、そのうち約250の出力を減らすことができました。

それまでなぜ出力していたのか確認してみたところ、ただ単に習慣的に出していただけで、社内の規定と照らし合わせても必要ないことがわかったのです。以来、法的に保管しなければならない文書以外は、基本的に出力しない方向になりました。その結果、3、4年の間にほぼ半分の量まで紙を減らすことができました。ペーパーレス化で出力する紙を減らすと、紙だけでなく出力にかかるエネルギーコストも削減することができます。

そのうえCO2排出量の削減にも繋がりますので、脱炭素の取組としてもおすすめしています。他にオフィス内の省エネポイントとしては、プリンターや複合機をレーザー方式からインクジェット方式に変えるだけで、消費電力を半分以上さげることができます。OA機器の変更はリース内容を変えるだけですので、空調や照明の設備更新と違って初期投資もわずかで済むという利点もあります。費用をかけずにエネルギーコスト削減と脱炭素ができるということです。

Q5. セミナーの最後に触れていた、再エネ導入の方法についてお話ください。

Scope2でCO2排出量を大幅に減らす手段としては、再エネを導入する必要があると私は思います。再エネ導入には太陽光発電以外にもいくつか方法があり、そのひとつが非化石証書の活用です。

非化石証書とは、化石燃料を使用しない電源で発電した電力の環境価値を証明する証書をいいます。対象電源には太陽光や風力などの再生可能エネルギーや、大型水力、原子力なども含まれますが、再生可能エネルギー指定の非化石証書であれば、比較的安価にScope2を下げられ、SBTやCDPなどの国際的なイニシアチブにも活用できます。

取引先によっては、再エネ50%という要請もありますが、テナント企業のように自社で再エネ設備を導入できない場合も、非化石証書を使えば達成できるということです。なんといっても、設備の初期投資なしで再エネ化できるメリットは大きいといえるでしょう。我々も、再エネ投資の資金がない、方法がないとおっしゃる会社様に情報提供させていただいています。

Q6.  これまで支援を続けてきたなかで、中小企業の脱炭素経営にはどのような課題があると感じていますか。

いろいろな統計にも出ていますが、人材不足というのが一番の課題だと感じています。このHTT実践推進ナビゲーター事業をはじめ、脱炭素経営の知識を得る機会はたくさんあるのですが、実際に手を動かす人材が確保できないという現状があるようです。

しかし、scope1、2の算定などは、領収書や請求書に記載された数字をExcelに入れて計算するだけですから、それほど難しいことではありません。なぜ動けないのかといえば、「トップの強い意志」がないからなのです。これまでさまざまな企業の取組を支援してきましたが、100%必要だと断言できるのが「トップの強い意志」です。なぜかといえば、全社を挙げた方向性を示すにはトップの意志が必要ですし、実行するための予算や人材など資源配分の決定権もトップにあるからです。つまり、トップが関与しなければ実行に移せない、いくら担当者が素晴らしい計画立案をしても絵に描いた餅になってしまうのです。担当者が社内で孤立しないためにも、トップの強い意志とメッセージが必要だと感じています。

Q7.  脱炭素経営をめざす東京都の中小企業の皆さんへメッセージをお願いします。

HTT実践推進ナビゲーター事業もそうですが、東京都は脱炭素に役立つさまざまな情報を発信していて、我々支援する側も活用させていただいています。

さまざまな支援制度も用意されていて、クール・ネット東京では都内中小企業を対象として、排出量算定や可視化の人材育成、具体的な削減取組立案まで、包括的なサポートも行っていますね。利用しない手はないと思います。今後もエネルギー高騰は続く傾向にありますので、何も手を打たないままでいると、中小企業の経営にボディブローのように効いてくることが想像に難くありません。脱炭素経営というのは環境問題の取組である以前に、エネルギーコストを削減し、経営を健全化させる近道なのです。そのことに気付いて、少しでも早く脱炭素経営の第一歩を踏み出していただきたいと思います。

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