新井田技術士事務所 代表
新井田 有慶(にいだ ありよし)氏
長年、大手鉄鋼メーカーなどの技術職として研鑽を積み、現在は江東区環境審議会の委員を務められながら、技術コンサルタントとして中小企業の省エネ支援も行っている新井田有慶さん。省エネの取り組み方や、公的支援の活用についてご教授いただいたセミナーを振り返りながら、中小企業における脱炭素経営の課題と解決策の見つけ方についてもお話を伺いました。
いま、東京都中小企業振興公社では「ゼロエミッション実現に向けた経営推進支援事業」の申請を受け付けております。最長2年6ヵ月にわたり専門家のコンサルティングが受けられるハンズオン支援や、省エネ設備などの導入時に1,500万円を限度として費用の1/2の助成金を受けられる支援事業で、これを機に脱炭素の取組を進めたいと考える中小企業の方が相談に来られています。
それぞれ課題を持っておられて、製造工程の改善に取り組んでいるがうまくいかない、空調設備を変えて省エネ効率を上げたい、工作機械を変えて生産性を高めたいなどのお話をよく聞きますね。また、Scope3の対象として取引先大手企業から脱炭素の取組状況を尋ねられ、どう対応すればいいかわからない、というお話も。取引先の求めに応じるため、最近ではScope1、2だけではなく、Scope3まで取り組もうと考える中小企業も増えているようです。※1
※1 Scope1、2、3
環境省・経済産業省の基本ガイドラインでは、自社における燃料の燃焼や工業プロセスによる温室効果ガスの直接排出をScope1、自社以外から供給された電力、熱、蒸気の使用に伴う間接排出をScope2とし、サプライチェーンにおける上流・下流における間接排出(Scope2以外)をScope3と定義。
参考:コラム「サプライチェーン排出量とScope1, Scope2, Scope3について」
中小企業向けSBT※2のガイドラインではそうなっていますが、取引先の大企業からはScope1、2、3の排出量を足した回答を求められるようでして、皆さん、対応に悩まれているようです。Scope3については、例えば製品の原材料に鉄鋼を使っているのか、化学工業製品を使っているのか、どのような工程で作られているのか、素材や製造工程で排出量が違ってきますので、中小企業も環境省が公表しているサプライチェーン排出原単位データベースを確認するほか、場合によっては仕入れ先に問い合わせる必要が出てきます。中国やアジアなど国外の工場で作られている場合は問い合せが難しく、対応に苦慮されているというお話も耳にしています。
そうした場合でも、東京都中小企業振興公社には多くの専門家がおりますので、それぞれの課題に対応できる仕組みがあります。例えば、私が属しているグループには十数人の技術士がおりますが、事業内容や課題に応じてグループ内から専門家を探し、適合する過去の事例などを元に対応しています。このような専門家とマネージメント担当者の二人がチームを組み、2年先、3年先までのロードマップを作って、企業の担当者様に寄り添いながらハンズオン支援を行っています。
※2 SBT認定
SBTとは、企業が環境問題に取り組んでいることを示す目標設定の一つ。2015年のパリ協定で定められた「2℃目標」や「1.5℃目標」を目指し、温室効果ガスの排出削減目標を策定した企業に認定が与えられます。
改正省エネ法について触れたのは、脱炭素経営の取組において、その意味を考える中小企業が少ないように感じたからです。それまでの省エネ法は各種の管理のレベルアップをしてきてはいるのですが、主に原油換算で年に1,500kl以上使用している大規模な特定事業者を対象として、エネルギー使用状況の報告を義務づけることなどに重点がおかれていたものでした。
しかし、ロシアのウクライナ侵略でエネルギーを取り巻く状況は一変し、日本もエネルギー危機に強い社会構造に変わる必要に迫られました。改正省エネ法について見てみますと「エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律」と名称が変更されていて、再エネとともに、省エネの重要性がより高まっていることがわかります。エネルギー危機の時代に入ったいま、積極的に脱炭素経営へ取り組むフェーズに入ったのだと、中小企業も意識を変える必要があります。
改正省エネ法では、省エネに関して判断基準※3と管理基準※4を規定していて、各施策に共通の管理内容、エネルギー設備が網羅的に記述されているので、何を管理すべきなのか対象を類推することができます。判断基準や管理基準を見てみれば、自社に適合する設備が必ず見つかりますので、1つでも2つでも、まずは省エネ課題の解決に取り組んでいただきたい。脱炭素の取組である以前に省エネは自社の利益に繋がることですから、ハードルが高そうだと諦めるのはもったいないことです。
※3 判断基準/資源エネルギー庁
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/enterprise/overview/laws/index.html
※4 管理基準/関東経済産業局
https://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/sho_energy/kijun_hyojun.html
空調設備、給湯器、照明、ボイラーなど、まずは自社が使用している設備や機器を見直して、消費電力などの問題点を洗い出してみてください。エネルギー効率の悪い古い設備があれば高効率の最新設備に更新する、というのが一般的でしょうか。製造業であれば、工作機械を更新することをキー項目として、それに付随して製造工程などの見直しも行います。事務系の仕事では、業務の効率化を図り、残業を減らすだけでも、エネルギーの使用量がずいぶんと違ってきます。
また、製造業の場合で注目いただきたいのは、Scope3にも関わる原材料調達の問題です。コスト重視で低価格の原材料を使用していると、製造工程において検査項目が増え、そのための労力も多くかかり、実はコストが高くついている場合があります。その点、原材料の価格が多少高くとも品質が保証されている場合には、自社での検査などの必要性も最小限ですみ、製造工程内での負担も減り、結果としてコスト削減に、そして省エネに繋がるということもあります。
担当者を数人決めてその人たちに全て任せてしまう、ということをやりがちですが、うまくいかないことが多いですね。大切なのは、トップのかけ声で全社一丸となって取り組むことです。世代を超えて広く意見を取り入れることで、思わぬ解決策が見つかったという話もよく聞きますし、全ての社員に自分ごととして捉えてもらう意味でも大切です。
社内体制づくりの始めとして、まずはキーマンを見つけるとよいでしょう。製造部門、営業部門、人事管理部門、システム部門など、いろいろな部署からキーマンとなる人を集めて、自社の現状を示してどのように脱炭素経営に取り組んだらいいのか、互いに意見を交わしてブレインストーミングを行います。この時に大切なのが、最終的に何を目標とするのか、トップが自分の意志を明確に伝えることです。その目標達成に向けて、キーマンたちがストーリーを展開していくのが良いと思います。取組を進めるにあたっては、ミーティングや回覧などで活動内容を全社員に周知させることも大切です。部署などのグループごとに目標を決めて、達成時のインセンティブを設けるなど、モチベーションを上げる工夫もあるといいでしょう。
東京都中小企業振興公社※5やクール・ネット東京※6、環境共創イニシアチブ※7、この3つの公式ホームページはよく見ておくとよいですね。省エネに繋がるさまざまな情報が掲載されているので、情報収集しながら考えをまとめるうちに、設備更新にどのくらい資金が必要か、足りていないのか、見えてくると思います。
これらのホームページには、どのタイミングでどのような助成金や支援があるのか掲載されているので、定期的に見ておくとよいでしょう。また、たとえばですが環境共創イニシアチブの現ホームページの「R5補正省エネ(設備単位型)」というカテゴリーでは、補助対象となる高効率の省エネ機器や設備を検索できるので参考にしてください。省エネの取組の第一歩はエネルギーの使用状況の見える化ですが、それには専門家による省エネ診断を受けることが最も効果的といえます。現地調査によって現状の課題も明確になりますし、補助金活用を視野に入れた設備更新についても、専門家から効果的なアドバイスを得ることができます。そういった意味でも、まずは公的支援の窓口を訪ねるのが近道だと思います。
※5 東京都中小企業振興公社 https://www.tokyo-kosha.or.jp/
※6 クール・ネット東京 https://www.tokyo-co2down.jp/
※7 一般社団法人環境共創イニシアチブ https://sii.or.jp/
2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、東京都は加速的に取組を進めています。しかし、その熱意が中小企業の皆さんになかなか伝わっていないのでは、というのが正直な感想でもあります。東京都や経産省のホームページには効率的なエネルギー管理の方法が紹介されていて、内容も充実しています。長年製造業に身を置いてきた私から見ても有益な情報だと思いますので、脱炭素の理解を深めるためにもぜひご覧になっていただきたいですね。
東京都中小企業振興公社にもぜひ足を運んでいただいて、能動的なアクションを起こしていただきたいと思っています。HTT実践推進ナビゲーター事業をはじめ、公的支援の窓口も親切に対応してくれますので、まずはお電話でご相談なさるのもよいでしょう。公的支援の窓口を訪ねるなり、電話をされるなり、まずは第一歩を踏み出していただきたいと願っています。
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